機械仕掛けの島

夢見月 一了

〜第一章〜灰色キノコの群れ

灰色キノコの群れ


 ピンクの空を想像していると、いつの間にか半日が過ぎていた。実際には夕暮れ時の空が、丸い窓からオレンジ色の光を漏らしている。僕は、玄関戸の下に置いたままだった真新しい段ボール箱に視線を戻した。

今日の出荷分がまだ残っていると気がつき、片足で段ボール箱を玄関の前へ押し出すようにずらすと、扉を開け、両手で段ボール箱を持ち上げた。


段ボールの中には今日の出荷分の商品が入っているが、箱は大して重くはなかった。商品は綿が詰められているだけの、手のひらサイズの小さな熊のぬいぐるみ三十体だったからだ。受注者は、そのぬいぐるみを孤児院に寄贈したいと言っていた貴族だ。慈悲深いように見せかけ、本来の目的は政治活動の好感度を上げるためだろう。それらを察していながらも、送られてきた注文書は全て受注する。よほど注文が殺到しない限り、注文は全て受けるのが僕のルールだった。


片手で段ボール箱を抱え、もう片方の手で器用に玄関の鍵を閉めると、街を見渡した。辺りは灰色の球体の建物が並んでいる。球体の下には円柱が伸びており、建物の高さは一辺倒ではなく、高かったり低かったりと、まるで串に刺さったお団子か、もしくは灰色の丸いキノコの森のように思えた。


 僕が生まれた時は、まだ四角い【ビル】と言われる建物が残っていた。けれどビルはボロボロに朽ち果てており、カーテンレールすら斜めに崩れ落ち、ガラス窓にはヒビが入り、それをテープで補強して住んでいる貧しい人ばかりだった。それから国は高度成長期に入ると年々豊かになり、全ての建物を統一化し、道路は丁寧に整備され、歴史の教科書に載っているような洋風や和風のあべこべな家々が建つ街並みは全て排除され、灰色キノコのような住居が建ち始めた。僕の家も丸みを帯びている。そして灰色だった。貴族を除く僕たち平民の暮らしは国で管理されている。別の地域に引っ越しが必要になった場合も、入居する場所は国に決められていた。動物保護区間以外過疎地も存在していない。全てが管理され、整備されている国になった。


実際にみた事はないが、地上にむき出しだったと言われる電柱や信号機は存在していない。電柱は地中に存在しているが、車に関しては、タイヤやハンドルが無くなり、道路を走るというより微かに空中に浮いていて、もはやただの楕円形の鉄の塊が道を滑るように動いている。さらにどの車も自動運転になっていた。そのため過去に比べて事故率も格段に下がり、資材などを運ぶ大型トラックや、バスなどの車も別々の車線が作られ、渋滞も軽減され、多くの人が朝の出勤時間に車内で睡眠をとっていた。



 僕は、段ボール箱を両手で抱えて運びながら、町中を眺めた。どこもかしこも整備された街で、唯一彩を齎せているのは、人々が着ている服と整備された枠の中で咲く紫陽花やツツジといった草花だけだ。少し遠出をしても、素敵だなと思える場所は観光地や、山々くらいなもので、国中どこを歩いても極端な自由は禁止されているかのように思えた。


 そんな国の中でも一部だけ除外された場所が存在していた。それは貴族が住む地域だ。貴族が住んでいる地域は木々で覆われていて、外側からは明確に敷地内を認識することができない。貴族が出入りする場所には立派な煉瓦調の門が存在しており、警備員や監視カメラ、人感装置などが存在している。基本的には業者、もしくは貴族と同行でのみ敷地内に入ることが可能だ。僕はおもちゃ職人として、貴族の敷地内に立ち入ることのできる人間の一人だった。


 敷地の出入り口には赤い制服を着た警備員が堂々と立っている。僕は腕に組み込まれたICチップを警備員に見せると、警備員は僕の腕に手をかざした。門番のポケットに入っている機器が「チェック完了」と音声を発すると、僕は敷地内へと通された。


木々で囲まれたさらに内側には、鉄の柵が存在しており、それらを通り過ぎるとこの国には存在していない絵本の童話の中にだけ存在しているような、立派で煌びやかな煉瓦作りの住宅が並んでいた。貴族の敷地内は独特の匂いが香る時期がある。甘いけれど、くどい匂いではなく、どこか果物を連想させるような落ち着いた香りで、金木犀という黄色い小花をつける木から香る匂いだ。金木犀は貴族の好む木で、平民が植えれば罰せられることはないものの、村八分のような扱いを受ける。つまりこの匂いを嗅げるのは、貴族の敷地内に入る者だけということだ。僕はこの匂いがとても好きで、秋がやってくると金木犀が花をつけ始めるため、秋口には貴族からの受注量を増やすこともあった。


 腕に埋め込まれたICチップを擦った。すると僕の視界にはモニターが映る。このモニターは僕の脳と伝達しており、目の前にモニターがあるかのように表示されるようになっている。周りからの目視や情報の介入が不可能で、双方で情報を共有しようとしなければ、他者の視界に入ることはない。


昔でいうスマートフォンのような役割を持っていて、通話やメッセージのやりとり、地図のナビや、音楽、映像までも再生できるようになっている。そのどれも他人が覗くことが不可能なため、一時期は公共の場でアダルトな映像を見ていた人が突然欲情し、問題を起こした。その他にも似たような事件が相次いだため、法的に公共の場での鑑賞が禁止になった。このICチップにはもう一つ役割があり、現在位置が全て国に把握され、管理されている。そのため、公共のエリアに入った瞬間にアダルト映像や漫画などといったメディアの鑑賞は遮断される仕組みに変わった。


メッセージは全て脳内で念じた文字が相手へと届く仕組みだ。つくづく便利な世の中だなと感じながら、笹岡という人物に敷地内に到着したというメッセージを送った。すると、すぐに向かい側に立ち聳える煉瓦調の建物から白髪混じりの中年の男性がやってきた。僕はその男性が笹岡だと分かっていた。彼は今回の仕事の依頼主だった。僕は笹岡が歩いてくるよりも先に、段ボール箱を抱えながら彼の元へと足早に近づいていった。


「ご無沙汰しております。お待たせいたしました。ご査収願いいただけますでしょうか」

僕は、深々と頭を下げた。


すると、笹岡は薄らと笑みを浮かべた。

「元気そうだね。家で確認するよ。君も来なさい」と言い、煉瓦の住宅へと向かった。僕は笹岡の背中を見つめながら、後をついて行く。


家の前へと到着すると、金色で縁取られた重厚感のある木目調の扉が開いていく。エントランスの目の前には大きな階段が歓迎していた。おとぎ話の絵本でしか見たことのない、まるでお姫様と王子様がそこに手を取り合ってうっとりとポーズを取り出しそうな広い螺旋階段だった。一階の応接間は右側にあり、玄関戸よりはのっぺりとした薄い扉を開けると、シャンデリアにキラキラと照らされた部屋が待っていた。



笹岡は三年前、僕に古いジュークボックスの修理を依頼してきた。その当時から貴族の中ではアンティークの収集が自身のステータスになっており、自慢するためだけに入手する人が圧倒的に多かった。純粋なコレクターは極一部だ。それらが理由となり、僕が依頼を受ける割合はほぼ貴族が占めていた。


 三年前、笹岡は政治界に入ったばかりだった。その政治活動の一環として、子どもが過ごしやすい施設の増加を公約として掲げていた。日本では様々な施設が整備されていく中、子どもたちの遊びやすい環境は蔑ろにされていたからだ。いまだに公園でのびのびとボール遊びをしたり、子ども用の小さな洋式便器や手洗い場が存在していなかった。


そんな日本は他国に取り残されつつあった。他国では当たり前のように子ども用の施設が増えていたからだ。けれど、少子化が解消された日本にとってそれら問題の解消は重要なことであった。笹岡はその問題に目をつけ、孤児院や託児所の増加、その他のアミューズメント、普段の生活で欠かせない赤ちゃんや子ども用のトイレ、背の低い手洗い場の充実を実現させようとしていた。


少子化が解消された今、笹岡を支持する者は多い。今回の依頼もさらに支持を集めるパフォーマンスの一つだ。子どものおもちゃを孤児院に寄贈したり、子どもを持つ親が演説に参加しやすいように、大きなワゴン車を用意し、そこで僕の作ったおもちゃを使い、子どもたちに遊んでもらおうという算段であった。


僕にとって笹岡は、お客として羽振りがとても良く、何より嫌味もなくあっけらかんとしている。仕事をきっちりこなせば、機嫌を損ねることはないし、他の貴族に僕の仕事ぶりを宣伝してくれることもある。僕にとって彼は、仕事のしやすい取引先だ。


「小さいなぬいぐるみを複数用意するのは時間がかかるから好まないと言っていたが、仕事を受けてくれて良かったよ」と、笹岡は言った。


そして、ベロア調の重々しい赤いソファに座るよう僕に指示した。


「笹岡さんからのご注文でしたので」僕は、再び深々と会釈をし、ソファに座った。


「もうすぐ選挙があるだろう。ここで好感度を落とすわけには行かなかった。特に国民は手作りに弱い。今は全て機械が作るからね。君の仕事も増えるだろう」

得意げにテーブルを挟んだ僕の向かい側にあるソファへと座った。


「ありがとうございます。いつも感謝しています。では、商品のご確認をお願いします」そういうと、抱えていたダンボールをテーブルの上へと置き、蓋を開けた。


 手作業のみで作るおもちゃは時間がかかった。けれど、貴族たちはそれに莫大なお金を支払う。今の時代は、全てが機械任せだった。人間たちがやることと言えば、材料を機械へと送る。機械が故障をすれば直す。そして不良品がないか手作業で確認するだけだ。作業に数ヶ月かかっていても、貴族たちが支払う多額のお金によって、僕は生計を建てられていたし、貯金も十分に作られていた。笹岡は丁寧に僕の作ったぬいぐるみを一つずつ手に持つと、黒目をキョロキョロと器用に動かし、出来栄えを確認している。


「君はどうしてこの仕事をしようと思ったんだ」と、笹岡はぬいぐるみから目を逸らさず、僕に問いかけてきた。


「小さい頃からの癖のようなものです。母親曰く、気づいた時にはもうオモチャを自分で作っていたと言っていました。最初は粘土、折り紙、紐やテープを使って、とにかく色々なおもちゃを自分で作っていたと」


「だからと言って、ここまでクオリティの高いオモチャは作れないだろう」

笹岡は、縫い目の見えないぬいぐるみに感心している様子だった。


「笹岡さんは覚えてますか。第四回新世界革命運動の時のことを」そう言うと、笹岡はようやく僕へと目線を流した。


「もちろん、覚えているとも。日本が一変した瞬間だ。古い物を全て更地にし、新しい物に変わっていった」そう言って、またぬいぐるみを見つめた。


「そうですね。僕はもちろんあの時代には生まれていませんが、古い物は全て廃棄すると決まった時、アンティーク品を収集するのが趣味だった祖父は、その革命運動に猛反対で、でも活動にも参加していたそうです。けれど笹岡さんもご存知の通り、デモ活動の甲斐はなく、革命運動は進んでいった。そして祖父は仕方なく政府に見つからないように全てのアンティーク品を地下室へと移動しました」


「まさかそれを君が?」


笹岡家に仕えている男性が応接間の扉をノックした。そして、僕と笹岡の目の前にコーヒーを置くと一礼し、部屋を去っていった。その間、僕は拳を固く握っていた。


「祖父が亡くなって、そのアンティーク品は全てゴミとしての価値しか無くなりました。あの当時は新しい物の方が価値があり、目新しかった。僕は祖父がコレクションしていたアンティーク品に興味があり、祖父の自宅の地下室に入り浸るようになりました。アンティーク品だけではなく、それに纏わる説明書の類もあったのでそれらを読んで、日に日に構造の知識を増やしていくようになったんです」


僕はそういうと、コーヒーを一口啜った。どこのコーヒーなのかは分からないが、酸味を強く感じた。コップの縁に僕の唇から溢れたコーヒーの水滴が残り、ゆっくりと下へと流れていく。


「なるほど、それでそのアンティーク品たちはどうなったんだい」


最初から笹岡が知りたいのはそこだろうと予想はしていた。アンティーク品は僕が解体し、中身を新たな物へと作り替えるための部品となった。ガラクタとなった部分は、全国民が現在の灰色の家に移り住む前に政府に見つからないよう、こっそりと処分したことを笹岡に伝えた。


「なるほど、今はないんだな」笹岡は、見るからに気を落としていた。


「でも、笹岡さんの修理にも使わせていただきましたよ。あのジュークボックス。配線が古いタイプの物で、工場に特注で作ってもらうのには時間がかかりそうだったので」僕がそういうと、笹岡は一瞬驚いた顔をし満足そうに小さく頷いた。


僕は一つの仕事につき、多額のお金をもらっている。町の人どころか、それは日本全国に知れ渡るほど、僕の技術は買われていた。それを知っている工場の数軒は、旧タイプの銅線や、スイッチの部品などを特注生産してくれるのだ。僕はアンティークを作っているわけではない。アンティーク風の物を作り続けている。そして現在では貴族の娯楽であり、アンティーク品ではなく、アンティーク風の物であることから、政府に目をつけられることはなく、安心して仕事ができている。


「面白い話を聞かせてもらったよ。ぬいぐるみの出来も完璧だ。いつも君には感謝している。報酬は全て君の個人口座に入金される。確認してくれ」


僕は深々とお辞儀をした。黒い前髪が目の上へとかかったが、気にならなかった。


「それと、何か困ったことがあればいつでも相談しなさい。君のおかげで私は仕事ができているようなものだからね」

笹岡はそういうと、体を前のめりにし、僕の肩を力強く叩いた。けぶった臭いがほのかにした。今では世界的に禁止とされている葉巻や煙草といった類の匂いだろうか。


 貴族たちは、国に多額の納税をしているため、実質的に貴族が国を支えているようなものだった。だからこそ国は国民に対し、何もかもが整備され、管理され、不自由のない施設や仕組みを提供でき、国民が平和で自由に暮らしていける。それが理由となり、国だけでなく、平民からも貴族に対する反発は少なかった。そのため第四回新世界革命運動後の平和社会主義とされる現状ですら、貴族のアンティーク品の収集は国から暗黙の了解として許されている。そして、貴族たちはICチップを自由に操作することができ、煩わしいことや、管理されたくないことがあれば、電波を遮断できる。先程の葉巻のような匂いもそういったことができる貴族ならではの密輸に違いない。


日本はとても平和になった。自殺者も減り、犯罪も減り、貧困さはあるものの、平民は決められた仕事を割り振られる。就職の第一候補として自分のやりたい仕事に就ける。それが不適正な場合は、第二候補として自分に適正である仕事が選ばれる。それすら難しい場合は、生活が全て保護される。国でそれらが決まった当時は、楽な制度に労働を拒絶する国民は圧倒的に多かった。


けれど、昔より断然娯楽の溢れる現状に国民たちは誘惑されることが多かった。そして余分なお金を手に入れるために仕事をし出すのだ。医療も機器技術も発展している中、働きたくない者は多かったが、働けない者は圧倒的に少なかった。


もちろん、子どもを授かることのできない夫婦でも、子どもを授かりやすくする治療や技術も発展していた。教科書で読んだことのあるLGBTQ問題が浮き彫りになり始めた時代の頃よりも、今は性別に寛容だった。そのおかげで誰もが気兼ねなく恋をし、結婚するようになった。生物学上で子どもを作ることのできない性別同士は、親のいない子どもを養子縁組をする。子どもたちは親がどんな性別だろうと、どんな国籍だろうと、気にしない世の中になっていた。国の徹底的管理により、虐待問題も最小限に抑えられているらしい。これらは少子化問題が解消されたきっかけの一つだった。


 僕は、今のところ天涯孤独だった。父と母が事故で亡くなってから、もう六年は経とうとしている。恋人もいなかった。恋もしたことがない。生物学上では男性として過ごしているが、世の中には百種類近く性別が存在していて、僕はどれに該当するかも分からないため、男性のまま生きている。

 

 僕が物心ついた時には、すでにひたすらオモチャを作り続けていた。そんな僕を変わった奴だと周りは避けていた。僕にとってオモチャを作ることは息をする行為に等しかった。人と違うことをすれば変な奴だといじめの対象にもなった。最初は胸が苦しかったし、その悪意を受け入れられなかった。どうして変わっているだけでいじめの対象になるのか。僕は無意識に、誰かへと悪意を向けてしまっていたのだろうか。誰かの気に触ることをしたのだろうか。何度も考えたが、きっとそこには理由なんてなかった。変わっている人が排除されるのは、昔も今も変わらない。気づいたら家族以外の人と会話をすることが億劫になり、取り憑かれるように何かを作り続けていた。


特別な誰かから評価されないと、周りがそれを評価しない。僕が作るものはガラクタだ。誰からも評価されないものはガラクタだ。誰かから認められるに値しない、ただの手作りのおもちゃだった。人から悪意を向けられるよりもずっと楽だと判断し、僕は人を遮断するようになった。けれど、人と話すのは楽しかった記憶が残っているため、寂しさは感じていた。くだらないことで笑い合うあの瞬間は、とても心が温かかったから。


友人や恋人がいなくとも、僕には両親がいたし、猫のイチを飼うようになってからは、その寂しさも薄らとし始めた。イチを膝の上に乗せ、テーブルに広げられている木材や塗装用のエアブラシを手に取り、おもちゃ作りをする。それだけで気分が高揚し、世界の中心で生きている気分になれた。


けれど六年前のある日、両親が事故で亡くなった。設備や機械の安全性に長けている今の時代に、誰しもがありえないと口にするような交通事故だった。自動運転の車の中で昼寝をするようなこの時代に、自動運転の制御センサーの不具合による建物との衝突事故、そして即死だった。


その時の僕はいつものようにオモチャを作っていた。ゼンマイという双葉のような形をした金属を使って動かす旧型の動くオモチャだった。人形の背中に空いている穴に、ゼンマイを挿す。くるくると回すと、ぎこちなく動くのだが、これが中々上手く動かずにいた。当時は分からなかったが、部品の油が足りていなかった。


その時、僕に訃報を告げる電話が鳴った。イチが僕の膝の上で飛び起きた。そんなイチの姿に笑みを浮かべ、僕は何も考えずに電話に出たのだ。けれど、電話から聞こえる声に、言葉に、唇が震え、やがて手も心臓も震え出した。


僕がお父さんとお母さんに会った時にはもうすでに冷たかった。本当に事故に遭ったのかと疑問に思うほど、二人は綺麗な姿だった。僕は重苦しい孤独を感じた。友達すら作れなかった僕が、あまり孤独を感じずに生きて来れたのは、両親のおかげだった。初めて感じた絶望と孤独だった。伝えたい言葉が頭の中を駆け巡った。でも僕が発していたのは泣き叫ぶ声と、ごめんなさいという言葉だけだった。そして、ただ真っ白なシーツを掴んで二度と二人と会えない苦しみを味わった。


それから僕は、両親に対して自分の不甲斐なさで迷惑や心配をかけてしまったことを悔やむ日々が続いた。親孝行ができなかった。与えられてばかりだった自分の恥じた。もぬけの殻とはまさに自分のことのように思えた。


けれど、それだけでは終わりにしたくなかった。


数ヶ月経つと、心の整理がつき始め、両親が時間をかけて僕に与えてくれた愛情を無駄にしたくない。いつか僕が死んだ時に胸を張って頑張ってきたと言えるように、誰もがあっと驚くようなものを作り上げたいと思い直すようになった。


そうは考えたものの、この国での僕の仕事は大きなものではない。普段生活している僕たち平民がアンティーク品を目にするのは、限られた博物館だけだ。アンティークの模造品は、貴族が柵の中で飼っている。誰にでも僕の作品が目に入るような、大きな物を作りたい。活動が限られるこの国に愛着もなければ、辟易としていた。もっと今まで以上に何か大きな作品を作りたい。大きな喜びを感じられるようになりたい。それは何をすれば感じられるのかと目を閉じると、頭の中にピンクの空が広がった。

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