第九膳『再会のメニュー』(お題)


 戸口の向こうで、馬のいななきが聞こえたような気がして、私は、肩をふるりと震わせて、外にでた。そして、息を止めてしまった。


 昨晩から降り積もった雪のせいで、外は真っ白な銀世界。

 店の前には、フードを深くかぶり顔を隠し、漆黒の服を着た人物がひとり。

 そして、首元には、コートには似合わない、でも、よく知っている裂き布で作った唐紅色のマフラー。

 

 出会いは偶然。 

 わかれは突然。


 じゃあ、これは? 必然?


 私は、声をかけることもできず、目を大きくするしかできなかった。


「店から出てきてくれて助かった」

 

 は、フードを外し金色の目を細めて私に近づいてきた。私はというと、走ってもいないのにドキドキがとまらない。


「こ、こんにちわ。えっと…………」


 こんな時、なんて挨拶すればいいのかわからず、私は下を向いてしまった。


「こんにちわ」じゃ、なんかヘンテコだし。

「おひさしぶり! 元気だった?」なんて、私との思い出がない天蓬テンポウさんに聞くのも違うし。

「おなかすいてる? 何か食べる?」なんて聞いたら怒られるかもしれないし。


 う――ん。困った。


 すると、耳の後ろをぽりぽりっと掻きながら、天蓬テンポウさんが恥ずかしそうに笑った。


「突然、来てしまって、すまない」

「えっと、さ……寒いし、とりあえず、中にはいって」

「ああ」


 天蓬さんは、馬から荷物をおろすと、困ったような、でも何かを期待しているような、複雑な表情をして、店の中に入ってきた。私が椅子をすすめても、立ったままだ。そして、意を決したように大きく息を吸うと、大きめの包みを差し出した。包み布は茉莉花ジャスミンの刺繍をほどこした布。天蓬さん達と別れるときに天麩羅をいれた箱を包んでいたものだ。

中には何やら入っている様子。


「あけていい?」


 天蓬さんがうなずいたから、私は、そっと上の布をずらして中を見た。


 中には甘藍キャベツが一玉と、羊肉。


「これは?」

「ああ。甘藍キャベツが一玉と、羊肉だ」

「みればわかるけど……、持ち込みで料理をしてほしいってこと?」


 私の言葉に天蓬さんは小さく首を振った。

 

「そうではない」

「じゃあ、ひょっとして、わたしに作ってくれるとか?」


 その言葉に天蓬さんが、大きくうなずいた。


「正直に言うと、俺は、お前との過ごした時間の記憶がないままなのだ。だから、捲簾があれこれ話をしてくれても、ひとごとでな。まったく、実感がない絵物語を見ているような感じだった。

 しかし、金炉が持ってきた焼き餃子を食べた時にな、俺は鳥の焼き餃子を初めて食べた時の衝撃を思い出したのだ。記憶がなくても舌が覚えていたらしい。そして、その時、約束をしたことも思い出したのだ」

「うん」

「だから、今日は約束を果たしに来たのだ。お前はそこで待っていろ」


 天蓬さんはそういうと、私を椅子に座らせて、自分はカウンターに立った。そして、あれこれ道具の位置を聞くと、コートやら剣やらを外して手を洗い始めた。どうやら全部一人で作る気らしい。

 カウンターからはリズミカルではないが丁寧な包丁の音が聞こえてくる。

なんともいい匂いも漂ってきた。


 不意にわたしの目から涙が流れる。

 どうして流れたのか自分でもよく分からない。


 しばらくすると、天蓬さんが出来上がった料理を意気揚々と運んできた。



 私のお腹が久しぶりにぐぅと鳴った…… 


 

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