三日目のきっぷ

富士宮

##############

 三日目は、まずは浅間神社を参拝しよう。朝一で眺める富士山に圧倒されるぞ。

##############


 空は曇天に覆われている。朝6時にホテルで軽く朝食を済ませ、私はいま浅間神社にいる。


 浅間神社の桜は満開で、晴天だったらどんなに美しかったろう。桜の木の間に、富士山を見ることもできたはずだ。早朝の境内では、若い神主たちが箒で木の枝や葉、桜の花びらなどを掃き清めている。神社の奥には富士登山への道が続いているが、登山客は誰もいない。まだ山開きをしていないのだから当然だ。


 上空を見上げると風に吹かれて雲が流れている。空が覗けそうで覗けない。出発の時間までは、まだ一時間以上あるので、私は境内の中をぶらぶらと歩いた。玉池は富士の雪解け水が湧き出しており、そばの水屋神社には水飲み場がずらりと並んでいる。沸かして飲むようにとの注意書きがあったが、一口だけ口に含んだ。


 境内入り口の桜門を出ると、両脇に桜の木が立ち並ぶ桜の馬場が左右に伸びている。5月には流鏑馬が行われるらしい。馬場を横切り、太鼓橋を渡ると大鳥居がそびえ立つ。鳥居をくぐると出店が並んでいるが、早朝なのでどこもまだ開いていない。門前にある飲食店も開店前だ。


 飲食店前に置いてある椅子に座り、晴れていれば鳥居の上に富士山が見えるはずだ残念だなと思って目をやると、かすかに山影らしきものが見えた。気のせいかなとも思ったが、そのまま暫し見つめていると雲がわずかに晴れ、富士の裾野が雲間に見えた。


 もしかして、富士山が見られるかもしれない、かすかな希望を抱きながら暫し待つと、だんだんと雲が流れ、富士の姿がより一層、はっきりと見えてくる。晴れろ、晴れろと、心の中で祈り続けると、山頂部を残して巨大な富士の姿が現れた。


 近くから見るとこんなにも大きく見えるのか。圧倒的な富士の存在感に、私の心がたかぶる。


 あと少し! 晴れろ! 晴れろ!


 目に力を入れたところで念力で雲が動くわけでもないのに、頼むから晴れてくれと心の底から願った。

 

 晴れて下さい!

 神さま、”あいつ”の作った旅程で旅をさせて下さい!

 お願いだから、”あいつ”が私に見せたかった景色を私に見させて下さい!


 だが、私の願いは叶わなかった。


 あと少しで山頂まで見れるかもというところまで雲が薄くなったが、それ以上雲が晴れることは無く、逆にだんだんと雲が濃くなっていき、ついには富士の姿を全て隠してしまった。


 そして、空が暗くなりポツポツと雨が降り始めると、あっという間に本降りになった。どしゃぶりだ。


 私は持ってきた折り畳み傘を広げ、傷心のまま雨の中を歩きホテルに戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る