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 クラスメイト全員の自己紹介が終わると、担任の三浦先生が、本日は解散する旨を伝えてきた。


 未白こころは、隣の席から俺に話しかけてくる。


「堂島はこの高校に何しにきたの?」


 どうやら、俺みたいな性格の人間が物珍しいようだ。

 こちらも、未白こころには興味がある。


『未白こころです。趣味なし、目標なし――無意味なこころです』


 彼女が自己紹介で語っていたことにも興味をそそられる。

 自分のことを無意味と表現したのだ。これだけ綺麗な容姿をしているのに、中身は空っぽ。大変、面白い。


「俺がこの高校を選んだ理由か。無理なく勉強した結果、ここになった。この学校より上を選べば不合格の確率が上がるだろうし、下を選べば余分に勉強した分がもったいない。そんなところだ」

「わたしとおんなじ! やっぱり、堂島は面白いね。何が楽しくて生きてるの?」


 何が楽しくて生きているの、か。

 答えは簡単だ。


「別に何かが楽しくて生きているわけじゃない。人間の感情には、快と不快。そしてもう一つ、無の状態があると言われている。俺は無が一番心地いいと思っているだけだ」

「あははっ。なんだよ、堂島も無意味じゃん」


 そんな俺たちの会話を聞いて、まだ教室に残っていたクラスメイトたちは難解な表情を見せていた。目が点だ。

 未白こころは俺を見て、けらけらと笑った。

 今度はちゃんと、瞳が笑っている。


「ねえ、堂島。せっかくだし、この後、二人で一緒に放課後を過ごさない? 君は本当に面白いよ。ストレスが少ない」

「俺自身がストレスの少ない人間だからな。しかし、もともと繊細だったんだよ」

「堂島は繊細すぎたんだ。だから、今は無意味になろうとしているんだね。わたしもだよ。いつも周りの目を気にして、自分の言動を反省していた。それから、本を読んだ。興味のあるものだけね? 胡散臭いものまでちゃんと読んだ。わたしは無意味だけど、もっとフラットになれると思うんだ。堂島? わたしたちの目指しているところは一緒だと思う。どう? 目指そうよ、0になるんだ」

「面白い。いいよ」


 未白こころは、そっと手を差し出してくる。細くて、白い手だ。

 軽く握り返すと、未白こころのほっぺが少しだけ赤く染まった。ちょいワルコンビの誕生だ。


「あはは、ダメだね。ドキドキしちゃった。男の子の手に触れるなんて、初めてだからさ。堂島は?」

「無論、緊張している。でも、嫌な感覚じゃない」

「うん、わたしも。でも、不要だよね。快があるから、不快が生まれる」

「緊張せずに手を繋げるようフィーリングしていこう、未白こころ」

「だね、堂島」


 俺たちはくすくすと笑い合った。お互い、0の世界はまだ、遠いようだ。

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