第2話 留置場
「今度強行犯に来た女の子、同期なんだって」
「坂本主任、今時女の子なんて言ったら白い目で見られますよ、なあ佐久」
林主任が佐久剛太郎の思ったことを先に言った。坂本主任は剛太郎の班では最古参でいい人ではあるものの、やっぱり昔の警察官だ。女性のことはどうしても戦力とは考えられないらしい。
もっとも警察では坂本主任の方が多数派だ。剛太郎にとってはどうでもいい話ではあるが、話題に出た刑事課の
「そうか、そうだな。気を付けることにするよ。ところで男はいるのか」
つまりは根本的にわかってないということらしい。
「え、何、女の子の刑事さん。畜生もう少し頑張ってその子に手錠欠けてもらえばよかった」
詐欺で逮捕された元プロ野球選手の香田が、鉄格子の向こうから話に加わってきた。同房の真野、この男は覚せい剤使用で逮捕された、が取り調べに言っているので暇なのだろう。
「香田さん逮捕されたふりして触る気満々だな、間違いなく強制わいせつが付くぞ余分に、そしたら、絶対に弁当はもらえんな」
坂本主任は軽口で返す。弁当とは執行猶予のことで、司法関係者と犯罪者以外はまず知らない隠語だ。
「実刑食らっても触りがいがあるんですか、その刑事さん」
隣の棒の三谷まで話に加わってきた。どいつもこいつも暇を持て余している。ちなみにこの男は青少年育成条例違反、俗にいう淫行で捕まった自衛官だ、いやたぶんもう元自衛官になっているはずだ
「まあ、香田さんだけでなく三谷さんも手を出すかも、見た目は美人というよりロリコンが好みそうなかわいい女の子だから」
まったくこの人たちは何を言っているんだと、剛太郎は内心あきれていた。およそ看守と犯人(仮)という雰囲気ではない。大体規則では留置人は番号で呼ぶことになっているのだが、そんなことすらここの署ではどこかに行ってしまっている。
なぜ番号で呼ぶのかというと、留置人の個人情報を守ることと、釈放されてから連絡を取り合うことがないようにという理由だ。しかし拘置所と異なり犯人(仮)たちが勝手に話せるとあっては、ほぼ意味のない規則になっている。
ただ女性と未成年者に関しては、みんなも規則は守っている。
京都府警北丹署の留置場は四房、そのうち女性用と未成年など特殊事情を持つもの用に各一房を常に空けてあるので、成人男子は最大六名収容することができる。日本は治安がいいのか、すべてが埋まることはめったにない。この犯人(仮)がなるべく快適に過ごしてもらうことと自殺の防止、それが剛太郎たち看守、正式には留置係の仕事だ。
犯人(仮)の食事、入浴、洗濯という家事、面会の手配と立会、個人購入品の手配、所持金の管理。外部の人間にすれば主婦かホームヘルパーだと思うに違いない。おそらく、警察の関係者か捕まった人たち以外は、何をやっているのかがわからない職場に違いない。制服の警察官が○○さんお茶はいりましたよ、って配っている姿は想像できないだろう。
剛太郎も、昨年留置場係で勤務を始めたころはかなり驚いたものだ。そして警察官としてのやりがいも使命も感じられなくて辞めようかとしたものだ。
それでも最近は少しづつではあるが、これもまた必要な仕事だと思うようになってきた。
ただ、このままずっとこの配置というのは抵抗がある。剛太郎にの希望は交番か派出所という市民と触れ合う部署だったが機動隊と言いこの留置係と言い希望はかなえられていない。
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