第六膳 回答『初めてのハンバーグ』

 タマはネコのワンポイントのついたピンク色フリルエプロン姿だ。

 意を決したのか、チョコチョコとキッチンに歩いていった。

 手に掲げた包丁が、ギラリと鈍く光る。

 玉ネギが目に染みないように、わたしはそっと潜水用のゴーグルとマスクをつけてあげる。


 タマは玉ネギとニンニクをみじん切りにするが、手付きがぎこちなくて見ている方がハラハラしてしまう。

 無事にみじん切りが終わるとレンジで加熱させる。


 わたしが包丁とまな板を洗い、タマはゴーグルとマスクを外す。

 そうしているとレンジがチンと音と立てて止まった。


 玉ネギが冷めるまで待つ間に、豚と牛の合挽き肉とつなぎのパン粉、卵、クレイジーソルト、胡椒、ナツメグ、マヨネーズ少々を、タマはレシピ通りの分量を真剣な眼差しで計ってボールに投入していく。


 玉ネギが冷めたところでボールに投入して混ぜ合わせる。

 小さな手で力いっぱいにこねていく。

 

「……にゃぁ~」

「よく頑張ったぞ、タマ。ちょっと休憩だ」


 ちょっと疲れてしまったタマの頭を撫でて休ませ、パティも冷蔵庫に入れて休ませる。

 わたしはその間にサラダをサッと用意する。

 食事の全てを初めてのタマにやらせるのは酷というもの、メインのハンバーグ以外はわたしがやろう。


 タマは調理を再開する。

 パティの空気を抜くようにぺたんぺたんとキャッチボールをするように形成していく。

 ちょっと形は悪いが、初めてにしては上出来だと思う。


 そして、フライパンに油を引き、パティを並べて焼く。

 ひっくり返すとキレイに焦げ目がついている。


 タマがチラチラとわたしを上目遣いに見上げている。

 おそらく、中まで焼けているのか心配なのだろう。

 だが、心配無用だ。

 わたしが頷くとタマはキュッと口元を引き締める。


 赤ワイン、ケチャップ、中濃ソースをフライパンに入れて蒸し焼きにする。

 このままソースも作ってしまうのだ。

 沸騰したら蓋をして少々煮込む。


 ソースにとろみがついてきたら完成だ!


「ニャーン!」

 

 タマが初めてのハンバーグが完成して喜びのあまり飛び上がる。

 

「やったな、タマ! 美味しそうなハンバーグができたぞ!」


 タマの頭を撫でてあげると、わたしのお腹にグリグリと頭を押し付けてくる。

 そして、お腹がグーと鳴る音が『いただきます』の代わりだった…… 


 タマ特製ハンバーグをメインに食事だ。

 ナイフでハンバーグに切り込みを入れると、ジュワッと肉汁があふれる。

 中から湯気が立ち上り、口の中に放り込むと旨みの洪水が止まらない。


「美味しいぞ、タマ。ありがとうな」

「にゃん!」


 わたしたちは笑顔が溢れてこれ以上の幸福はないだろう。

 赤ワインの入ったグラスを傾け、初心者でも簡単に作れるレシピを考案した逢生蒼師匠を思う。


 ヤツを止めるために生きているあのヒトは、今頃ムー大陸への侵攻部隊の最前線に立っているはずだ。

 わたしと鈴月とヤツ、共に逢生蒼師匠の元で学んだ仲だった。


 偶然だったのだろうか?

 わたしたち四人が幸せな過去に生きている写真が、ハンバーグのレシピのページに挟まっていた。


 わたしは大切な相手を選び、戦いからは離れている。

 だが、運命の輪はすでに回り出していた。


🍷🍷🍷


 逢生蒼率いる『変態の館』最精鋭部隊は、ムー大陸に上陸した。

 その強者達ですら、その光景に絶句していた。


 アシ(葦ではなく人の足)が生い茂る野原、喜怒哀楽様々な感情を表す奇面岩群が一帯を支配している。

 卵が上空を舞い、鳥が巣の中で眠る。


「……くだらんな。シュルレアリズムに傾倒しているだけの愚か者、新世界の神を気取っているだけの馬鹿者だ」


 逢生蒼は怯む隊員たちを鼓舞するように悪態をつき、悠然を歩みを進める。

 が、茂みの奥からムー大陸の軍勢が立ちふさがった。

 豚顔のオークや牛頭のミノタウロスなど人外の者たちである。


「我らの領域を侵すだけではなく、神をも貶すとは、よほど死にたいと見える」


 逢生蒼は恐れなど微塵も見せず、腰に巻き付けていた鞭を一振りしてしならせ、不敵に嗤う。

 鞭に宿る人格が表に出てきたようだ。


🍷🍷🍷


『女帝の鞭』


 霧立ち込める大地に咲き誇る

 野薔薇のように靭やかに唸りを上げ

 さまざまな神話に登場する程の神具である

 まさに変態の館随一の秘密兵器と呼べる存在

 のはずではあるが

 本皮が黒光をしていてよく使い込まれており

 体に実に良く馴染む不思議な手触りでもある

 はるかな古の時代から受け継がれてきた

 鞭、美しきフォルムは女帝の名に相応しい


🍷🍷🍷


「バカめ! 終末の日を忘れたのか? 我々には暴力では勝てんぞ? 人の誇る核兵器ですら通じん! 死ねい!」


 ムー大陸の軍勢が凌辱せんと逢生蒼に襲いかかる。

 対する逢生蒼の振るう鞭は風を切り空を舞い、敵の肉を打ち据える。

 

「クックック。そんなもの効……あふっ!?」


 ムー大陸の軍勢は突然苦しみ出し、逢生蒼の前にひれ伏した。

 逢生蒼は蔑むような目で見下ろす。


「バカは貴様らだ。鞭は武器ではない。己の被虐心を目覚めさせる神具だ! 女帝の前に屈するが良い、この豚どもめ!」

「ブ、ブヒィ!」


 ムー大陸の軍勢を難なく料理する逢生蒼、その胸元のロケットが鈍く光る。

 弟妹のような弟子たちの写真が密かに収められていた。

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