4-9 婚礼の儀式(2)

 天井が高く細長い建物の中にはさらに大勢の人が来ていて、祭壇の横の楽廊からは古風なパイプオルガンの音が響いていた。


 貴族や聖職者など様々な人々に視線を向けられながら、ギジェルミーナは高窓のステンドグラスから差し込む光の中をゆっくりと歩いた。その先にある祭壇には、夫となる国王イェレが待っている。


(私は美人ではないけれども、さすがに今日は綺麗なはずだ)


 与えられた財産に自信を持っているギジェルミーナは、まだ顔も知らない夫にも絶対に美しいと言わせる気持ちでいた。


 ギジェルミーナの花嫁衣装は赤くしっとりとした生地のローブの上に、丈長で袖のない白地の銀襴ブロケードのチュニックを身に付けた大変華麗なものである。特にチュニックは流れるような文様が銀糸で刺繍された生地に様々な色の宝石が散りばめてあって、細かな布の飾り一つ一つの縁にも小さなビーズが付いた大変贅沢な仕上がりだった。


 黒髪は白銀の組紐を使って背に下ろす形に編んでまとめ、頭上は白いヒヤシンスの花冠で飾る。元は地味な顔も、貴重な植物から作られた白粉や口紅で艶やかに彩っている。

 こうして衣装係や化粧係が良い仕事をした結果、ギジェルミーナは豪華絢爛かつ上品な美しさを手に入れた。


 だからギジェルミーナは何も怖がることなく、結婚相手である国王イェレに対峙する。


(さあ、どうだ。私の花婿)


 ギジェルミーナが進む先を見通すと、イェレは白銀の長衣トーガに藍色の外套を着て銀細工の金具で留め、金色の祭壇の前に立っていた。

 花嫁であるギジェルミーナがイェレを見つめているように、花婿であるイェレもギジェルミーナを見つめている。


 青色に澄んだイェレの瞳の中に、ギジェルミーナは星の輝きを見た。亜麻色の前髪を綺麗に切りそろえたイェレは、少年らしい純粋さを残した美貌がまぶしい美青年で、真っ直ぐでひたむきな眼差しが印象的である。


(美男子だが、しかしどこかが……)


 朝に咲く花のようなイェレの整った顔に感心しつつ、ギジェルミーナは理由はわからないけれども違和感を抱いた。イェレには何か、特異なところがある気がした。


 花嫁であるギジェルミーナが目の前まで歩いてきても、イェレはただじっとこちらを見るだけで黙っている。

 普通はまず花婿の方から話を切り出すものだと思ってギジェルミーナが待っても、イェレは一向に口を開かない。


 埒が明かないとしびれを切らしたギジェルミーナは、凛とした声で挨拶をした。


「はじめまして、イェレ国王陛下。私があなたの王妃になる、幸せな花嫁のギジェルミーナ・デ・オルキデアです」


 ギジェルミーナはゆっくりとお辞儀をしながら、イェレの様子を伺う。

 イェレは王族の男子のわりに細くか弱そうな身体をしていたが、背は高かった。しかし底の厚い靴を履いたギジェルミーナもそれなりの大きさになるので、威圧感は何も感じない。


 挨拶を終えたギジェルミーナは、イェレの応答を待った。だがイェレは綺麗な青色の瞳にギジェルミーナを映すばかりで、まだ何も言わなかった。


(さっさと何かを言ってくれないと困る)


 背後から人々の視線を感じ、ギジェルミーナは焦って次の言葉を探す。

 するとそこでやっとイェレが動きを見せて、ギジェルミーナに近づいた。

 その行動は、ギジェルミーナが想定していたものとは違った。


 イェレは腕をこちらに伸ばしてきたかと思うと、子供のようにギジェルミーナのドレスを両手で掴んだ。

 そしてまた、今度は至近距離からじっとギジェルミーナを見つめて、おずおずと口を開く。


「こんにちは、ギジェルミーナ。ぼくはずっと、ずっとひとりぼっちで、きみをまっていたよ」


 それは見たところの年齢とは釣り合わない、舌足らずで子供っぽい、たどたどしい告白だった。


 ギジェルミーナには、イェレがなぜ自分を真剣に待ってくれていたのかはわからない。

 だがイェレが後継者争いを発端にして起きた内戦の中で幽閉されていたことを思い出し、その結果彼が何を奪われたのかを理解する。


(傀儡の王だとは聞いていたけれども、これは)


 拒まれたら死んでしまいそうな勢いで、イェレはギジェルミーナの服を掴み続ける。

 イェレはどうやら相当長い間政敵に酷い待遇を受けていたらしく、心は壊れて実年齢より思考が幼くなっているようだった。


 考えていたものとは違う結婚相手の様子に、ギジェルミーナは困惑する。

 しかし一方でギジェルミーナは、精神が退行しているイェレにつたない好意を向けられることが、意外と嫌でもなかった。


 ギジェルミーナはドレスの裾を握って離さないイェレの手に、自分の両手を重ねてそっと頷いた。


「はい。あなたを二度と一人にしないために、私は参りました」


 その声は、ギジェルミーナ自身も驚くほどに優しげだった。 


 それからイェレの細い指から力が抜けて、青い瞳の緊張が緩むのを感じ取る。


「うん。ずっといっしょ」 


 イェレは大人の背丈で、子供のように慣れない口づけをギジェルミーナにした。

 淡いぬくもりのある一瞬に、二人のくちびるが重なる。


 よく磨かれた荘厳な祭壇の前で、衆人に見守られる形でその口づけは行われた。


 まだ神々には何も誓っていないけれども、ギジェルミーナはイェレと自分が結ばれたことを実感した。

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