3-2 大人たちと子供

 牧舎に羊を入れたヴィヴィとテオは、真っ赤な夕焼けに照らされた草原を、お互いの家の方へと戻る。

 途中までは二人とも同じ道を通ることになるが、先に到着するのは牧舎にほど近いヴィヴィの家だった。

 ヴィヴィの家は土壁に藁葺屋根の平屋であるが、村の中ではまだ大きく立派な方である。


「じゃあ、また明日……」


 ヴィヴィは自分の家の前で、何も言わずに立っているテオと別れようとした。

 しかし別れの挨拶を言おうとしたところで立て付けの悪い木製のドアが開き、家の中から赤ら顔のヴィヴィの父親が出てくる。


「ヴィヴィは今、帰ってきたのか」


「うん、父さん」


 ヴィヴィは返事をすると、ドアの向こうをちらりと見た。中では村の男が何人か集まっていて、酒盛りをしているようだった。


 幼馴染の父親を前にして、テオは黙って軽く会釈する。

 もうすでに酔っ払っている様子のヴィヴィの父親は、テオを見るとだみ声で手招きした。


「おいで。お前の父親も、こっちの家に来ている」


 テオとテオの父親がヴィヴィの家に来るのは、めずらしいことではない。


「はい。ありがとうございます」


 礼儀正しくお礼を言って、テオはヴィヴィと一緒に家の中に入った。

 部屋には大きな天板の木の机が置かれていて、その周りを酒飲みの男達が囲んでいた。竈の近くにはヴィヴィの姉と同じ村に住んでいる叔母が座っており、普段より気持ち豪華な豆のスープを煮込んでいる。


「ほら、あんたたちの分だよ」


「温まったところだから、食べなさい」


 女同士の世間話の最中だった姉と叔母は、ヴィヴィとテオを見るとお椀にスープをよそって切り分けたパンと一緒に渡す。

 椅子の数が足りないので、ヴィヴィとテオはむしろを敷いた床に座ってそれを食べた。


 やわらかな頬に硬いパンを含んで、ヴィヴィはちびちびとスープを飲む。


 熱く温められたスープは不味くも美味しくもなく、二人の間に会話はない。

 子供たちが黙っている横で、大人たちは熱心に話し合っていた。


「オルキデアの軍がこのメリニョン村に迫っているっていうのは、本当なのかねぇ」


「ここは他よりは豊かな土地だからな。オルキデアが狙っていても、おかしくはないさ」


「本当に敵が来たら、やはりゲンベルクの城に逃げ込むことになるのかい?」


 大人の男たちの会話に耳を傾けてみると、どうやら彼らは異国との戦争について話し合っているようだった。

 しかし話題は物騒でも、表情が真剣というわけでもない親たちの会話では、本当に危険が近いのかどうか、ヴィヴィにはわからない。


(ゲンベルクの城ってあの、おじいさんの領主がいるところ?)


 敵が来たらゲンベルク城に逃げ込むという言葉が、ヴィヴィの耳に妙に残る。

 ヴィヴィはゲンベルク城に住む老いた領主を、遠くから見たことがある。彼は優しく思いやりのある領主として住民たちには好かれているが、敵と戦って勝つ力があるようには見えなかった。

 だからいざというときのことを考えて、ヴィヴィは少し不安になる。


「テオは、戦争になったらどうする?」


 もうすでにスープの器を空にしているテオに、ヴィヴィは何気なく尋ねた。

 テオはしばらく考えた後に、ぽつりとつぶやいた。


「そんなこと、わからん」


 その答えにヴィヴィは、テオがわからないなら自分が悩んでも無駄だと思い、考えるのをやめる。


 大人たちの酒盛りはにぎやかで、日が落ちても蝋燭に火が灯されて続く。

 だからヴィヴィとテオが何もしなくても、周囲の時間はただ意味もなく過ぎていった。

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