1-5 一つの異変

 変化のない日々が続く神殿の中で生きるシェスティンが珍しく変化を見つけたのは、供物が捧げられる儀式が礼拝室で行われたある日のことである。


 シェスティンはいつもと同じように赤い花の文様のローブを纏い、今はちょうどよい大きさになった金色の椅子に座った。

 高い位置に置かれた椅子から見下ろせば、黒と白のモザイク文様が美しい床に整列して立つ、変わらない顔ぶれの神官たちが見える。


 シェスティンはその手前にある祭壇に積み上げられたパンや干し肉を見て、その高さが普段よりも低いことに気づいた。


(明らかに、供物が少ないような気がしますが)


 山のようにあるはずの供物の量は減り、ささやかな盛り合わせのような様子で、祭壇上に載っている。


 シェスティンは無言で、儀式に起きている異変に視線を注いだ。

 理由を問うつもりはなかったが、自然と表情は奇異なものを見るときと同じになる。


 すると神官のうちの年老いた一人が、シェスティンの前に進み出て説明を始めた。


「オルキデア帝国の軍が北上している影響で、一部の土地からは貢物が運べなくなっております。西の王都から派遣された軍が敵を後退させれば解決すると思われますので、シェスティン様は我が国の勝利をお祈りください」


 老人の神官はしわだらけの顔をしっかりと上げ、妙にはきはきした態度で戦況について説明した。


 神殿が建っているのは湖の中の孤島であるので、通常であれば供物となる食料は対岸で集められて船で運ばれる。

 だがシェスティンが知らないうちに、敵であるオルキデア帝国が対岸で勢力を伸ばし、貢物が神殿へと運ばれる経路を分断していたらしい。


(そういえば、この国はずっと昔から戦争をしていたのでした)


 日々の暮らしがあまりにも平穏で忘れていた事実を、シェスティンは老人の言葉によって思い出した。

 クルトがこの神殿に来たのもオルキデア帝国との戦争があったからであり、自分とも無縁な話ではないはずなのだが、敵を見たことがないシェスティンには戦争が身近なものには思えない。


「かしこまりました。私は侵略者の死と、神の民である我々の勝利を祈りましょう」


 敵を恐れるための知識に欠けたシェスティンは、冷静に聖女としてとるべき態度をとった。

 燭台に光の下にいる神官たちの顔は概ね落ち着いた様子だったが、何人かは不安や怯えを隠しているようにも見える。

 しかし神官たちが守る信仰が正しいのであれば、シェスティンが祈ればユルハイネン聖国が敵に負けることはないはずだった。


(だけどこの国が勝てば、また昨日までと同じ日々が続くってことですよね。それはちょっと、嫌かもしれません)


 シェスティンは平和を好む優しい聖女ではない。だから戦争によって起きている異変が退屈な生活を打ち壊すことを内心期待したのだが、それは人に知られてはならない望みであった。


「では、始めましょう」


 宝石付きの手袋をはめた手を上げて、シェスティンは儀式を開始する合図を出す。


 そして神官たちは老いた者も若い者も手を合わせて、祈りの言葉と少なくなった供物をシェスティンと神に捧げた。


 椅子に座って彼らを見下ろすシェスティンも神に戦勝を祈るために目を閉じたが、心の底では敵のオルキデア帝国の軍がこの神殿までやって来ることを願っている。

 彼らが現実に戦場で何をしているのかをよく知らないからこそ、シェスティンは敵というものに会ってみたかった。

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