3.春が終わる

 肩

  こつん


 オイ、ジイサン。


  肩

    ごつん

 目を

   開け ると

       泥の

    つま先


 ジイサン、オキロ。


  また

       地面に

   寝ていた  のか


 ジイサン、オコセッテ、イッテタダロ。


    体を

  起こす

        ふらつく


 ハルガ、オワルゾ。


  見上げると

 雲間から

        一筋の光が

  差し込んで

   いて

 ああ

   ああ

 少し 落ち  着いて    きた  が

    まだ  震えは  治まら   ず

  ぶ厚く 黒い雲  から 差し込んで

    いた光 は 徐々に  細くなり

         やが て 消えて

  春が終わる

          春が

   いや

 春は ほんとは こんなものじゃ なかった


 ジイサン、ナンダッテ?


 お前たち は 知らん だろうが 昔は 

 季節と いう ものが あった んだ


 ナニイッテンダ、ジイサン。

 ホットケ。

 サイキン、メッキリ、モウロクシチマッテ。

 オイ、オカシラタチ、カエッテキタゾ。


 ジープと 馬 が 砦に 戻り

   どさり と 縛られた 少女が 

      地面に 転がる


 コンカイハ、コイツダケダ。

 アトハ、ミズト、ガソリント。

 ショクリョウハ。

 ダメダ。

 マタ、カリニデルシカナイカ。

 ジイサン、コイツノケンサ、タノムゾ。

 ドウモ、アタマガイカレテルミタイダガ。


 蹴られた 少女 は 気を 失っている

  スキットル 差し出され

   震える 手で 蓋を

      よだれが

    手が   震える


 ヒトクチダケダゾ。


 蓋を 開け 

  喉に

 ああ

   ああ

  熱い    腹に    落ちて

         ああ!


 ハナセ、ジジイ!

 ヒトクチダケダッテイッタダロウガ!


 手に付いた 酒 を 舐めとる

 震えが 止まる


 銃声

 倒れた男の手には チョコレートバーが握られている


 バカナヤツダ。

 オキテハゼッタイダ、ワカッタカ、オマエラ。

 アー、モッタイナイ、ノウミソガイチバンウマインダゾ。

 コレデシバラク、タンパクシツハ、カクホデキタナ。


 そして

 小屋の中で 少女は目覚め

 アー アー と

 言葉を発しない

 周りを 見渡し

 アー アー と

 怯えることなく

 アー アー

 汚染はしていないようだが

 やはり精神が

 いや

 アー アー

 それは

 もしかして

 それは旋律なのか

 アー アー  アー アー

 そうだ

 間違いない

 それは曲だ

 その曲は知っている

 知っているぞ

 そのとき、少女の背後の窓から、光が差し込んできた

 あの、大災害のあと、常に黒く厚い雲に覆われたこの地上に、ほんのわずかな時間、太陽の光が差し込むことがある

 いつしか人々はそのわずかな時間を、春、と呼ぶようになった

 もう、この世界のどこにも、四季はなくなってしまい

 冬も夏も秋もなくなってしまったが

 春だけは、こうやって残って

 そして

 この少女が口ずさんでいる曲は

 ヴィヴァルディ作曲、協奏曲集「和声法と創意への試み」

 その最初の楽曲の第二楽章だ

 そうだ

 そうだったよな

 フィオリーナ

 娘よ

 お前がよくヴァイオリンで弾いていた曲だ

 お前のことを思い出すのは

 思い出すのは

 いや

 思い出さないようにしていた

 そうしなければ

 そうしなければ

 そう

 それを

 その曲をどこで覚えた?

 問いかけに、少女は首を振るだけだった

 

 私は、隠し戸棚の奥から、三つのものを引っ張り出した。

 地図と、食料の入ったリュック、そして拳銃。

 私は少女をテーブルに座らせると、地図を広げた。

 いいか。私たちがいるのは、ここだ。そして、この裏山を越えて、さらに山を二つ越えたところに、小さな集落があるらしい。そこは女性たちだけの集落だと、教えてくれた人がいた。本当にあるのかどうか、分からない。だが、ここにいるよりはましだ。その集落を目指していくんだ。私の言っていることが分かるか。

 少女はこくりと、うなずいた。

 私は地図をリュックに入れ、少女に背負わせると、小屋の裏口を開けた。拳銃を持たせるかどうか悩んだが、この子には扱えないだろうと、断念した。

 昼間は動かず、なるべく夜に移動するんだ。

 少女はうなずいた。

 どこまで分かっているのか、判断できなかった。

 だが、少女は地図に載っていた目的地の方角を正確に指さした。

 私は少女を見送ると、拳銃を手に、椅子に座った。

 震えはもう起こらなかった。

 フィオリーナ。

 私はこれまでたくさん、ひどいことをしてきた。

 医者として、人間として、やってはならないことを。

 でも、もうこれで終わりだ。

 それから私は、じっとドアを見つめ続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る