再会のメニュー 後半

「トンカツか!」


 お盆に乗って運ばれてきたのは黄金色のトンカツだった。

 どこで覚えてきたのか、一切れだけ肉の断面を見せるように盛り付けてある。

 とんかつの隣には山盛りになった千切りキャベツ。

 しかも気の利くことにソースもオリジナルで作ったらしい。


「平九郎、すごいじゃないか!」


 本当にびっくりした。

 ご飯はちゃんと炊きたてだし、味噌汁も豆腐とわかめ、ネギまで散らしてある。


「えへへへ、セキカワさんの料理を見て覚えました、デス」


 平九郎の羽が波のようにザワザワと震え、顔は真っ赤になっていた。


「とにかく揚げたてを食べようぜ」

「ハイ」


 さて、端から二番目の一切れにさっとソースをかけてパクリ。ちなみにこれはトンカツの作法だ。一番端の脂が多い部分は濃厚なので後回しにすべきなのだ。

 サクッという衣の軽い感触、つづけてじわっとあふれ出す熱々の肉のうまみ! それが特製ソースと絡み合って口の中いっぱいに広がっていく。

 幸せだ、はぁぁ、本当に美味しい、お世辞抜きでオレが作ったトンカツよりうまい、揚げ加減も絶妙だ。それになんといってもこの特製ソース。甘くてどろりと濃厚で、専門店の味に負けてない。


「どうデスか?」

「うまいっ! これめちゃくちゃ美味いよ! 店出せるよ、というか平九郎、オマエ料理の才能あるよ!」

「ほ、褒めすぎデス、セキカワさん」


 と言いつつ、平九郎も一口サクッとトンカツをかじる。

 そしてにんまりと笑顔を浮かべた。


 あとはもう無言だった。ちなみにトンカツの食べ方その二がある。ソースは一度に全部かけないこと。せっかくのサクサクがふやけてしまうからだ。面倒でも食べるときに少しづつかけるのが正解なのだ。

 次の一切れにソースを垂らし、毎度サクッとした感触を楽しみつつ、大きく切られた肉を口いっぱいに頬張る。うんうん、うまいうまい。そこで余韻が残るうちにツヤツヤの炊き立てご飯をたべる。もう、天国!


「この千切りキャベツも芸術的だな」

「ちょっと時間がかかりましたけど包丁で切りました」


 口の中が油っぽくなる前にキャベツで一休み。やっぱり豚肉とキャベツの相性は最高だ。このキャベツもソースかけたり、ドレッシングかけたりとこだわりがあるのだろうが、オレはポン酢派だ。まぁこのへんはそれぞれだな。平九郎は醤油をかけていた。


 そして最後に端っこの一切れ。たっぷりとソース、それからカラシ、この最後の一口がまた美味いのだ。なんかオレも平九郎も唇がテラテラ光っているが、そんなの気にしない。お互い最後の一口を食べてにんまりと笑った。


「ごちそうさまでした! すっごく美味しかった!」

「それは良かったデス。ボクもこんなに上手にできると思ってなかったデス」

「いやいや、かなり練習したんだろう? 分かるぜ」

「えへへ、実はそうなんデス」


 やっぱりな……

 ハッキリ言って、こんなに短時間で料理は上達するものではない。

 たぶんこのトンカツを作るためにたくさん練習してきたに違いないのだ。


 だがどうして?

 オレに食べさせるためだけとは思えなかった。


?」

「ハイ……そうなんデス。セキカワさん、聞いてくれますか?」

「もちろん。その前にちょっと酒を取ってくる。平九郎にはオレンジジュース買ってあるからさ。一緒に飲みながら話そうぜ」


  ○


「実はカラス天狗界始まって以来の事件が起ころうとしているんデス」

 平九郎は両手でコップを持ち、オレンジジュースを飲んでそう切り出した。


「それはまたスケールがでかいな」

 オレはロックグラスに入れたバーボンをちびりと舐めるように飲んだ。

 もちろんストレート。ちょっと胃がひりつく感じがたまらない。


「あの日。愛宕山の大天狗である『霧月きりつき』サマから呼び出しがあったんデス」

「平九郎とトモカちゃんが消えた日だね?」


 平九郎はコクンとうなづいた。


「ボクたちはてっきり断食の修行がはじまるのかと思ってました。でも違ったんです。呼ばれたのは霧月様の霊力が弱まって、霧月様自身が病気になってしまったからなんデス」

「なんでまた急に?」

「急ではないんデス。ここ何年も愛宕山の霊力は減っていたんデス。人間がいっぱい木を切っちゃったから」

「そういえば、愛宕山は杉の木も多いからな。花粉症もいろいろ問題になっていたから最近そういう伐採が増えてるとは聞いたことがある」


 まぁ花粉症のつらさを考えれば致し方ないとは思うが、カラス天狗にしてみればとんだとばっちりであるのは間違いない。


「そうしたら霧月様がお腹が空いたというので、ボクとトモカお姉ちゃんで、セキカワさんに習ったハンバーグを作ってあげたんデス」

「あのハンバーグか! でもカラス天狗は飯を食べないんじゃないのか?」

「霧月サマはそれほど弱ってたんデス。事件があったのはその時デス」

「なにがあったんだ?」

「ボクの作ったハンバーグを食べたら、霊力が回復がしたんデス」

「え? なんで? 食べ物と霊力は別のものじゃないのか?」

「ボクにもわかりまセン。でもとにかく回復したんデス」


 それはたしかに大ごとだろう。

 たしかにカラス天狗界始まっての大事件、大発見かもしれない。


 それが本当なら、もう断食の修行だってしなくてよくなる……

 断食の修行で逃げだしたカラス天狗もいたくらいだ……


(…………)


 そしてオレはようやく全てを理解する。

 オレの中でバラバラになっていた情報が一つにつながった。


 これにはジローさんから聞いた話も絡んでいる。

 

「……なるほどな。それで平九郎とトモカはその料理の秘密を探るように命じられてここに戻ってきた。そういうわけだな?」

「そのとおりなんデス! でもゆっくり考えている時間はないんデス」

「そんなにやばいのか? その霧月さんは?」


 と、平九郎が斜め下に視線を泳がせた。

 心理分析を知らなくても分かる。

 なにか言いたくないことがある、隠したいことがあるのだ。


「……ずっとハンバーグを食べていて……もう飽きてしまったと……すごくワガママなお爺さんなので……」


 ああ、そういう事ね。聞いて損したよ。


「でもまぁ、そういうことならココに戻って正解だったよ」


 それからオレは立ち上がり、本棚から一冊の本を持ってくる。

 

『家庭で作れるとびきり料理 著/たいら 次郎』


 これはオレが最初に買った料理本で、最初に料理の楽しさを教えてもらった本。

 どのレシピも簡単で美味しい初心者向けながら本格的な料理が作れる魔法の本。

 だがこの本にはもう一つの秘密があったのだ。


「セキカワさん、これは?」

「平九郎、あしたお前の兄さんに会わせてやるぞ」


 平九郎はキョトンとしている。

 まぁそうだろう。

 だがお楽しみはあとあと。


 明日には平九郎のさらに驚いた顔が見れるだろう。


「まぁ心配すんな。万事うまくいくから」

 

 オレはグビッとバーボンを飲み干した。


 ~終わり~

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