おでかけとちらし寿司 後半

 ボクとトモカ姉さんは羽が隠れるようなパーカーを着ることになった。

 それからボクは関川サンと右手をつなぎ、もう一方の手にはトモカ姉さんがしっかりと絡みついている。そんな感じで向かったのは近くのスーパーだった。


「そういや、お前らご希望の『ちらし寿司』って五目チラシでいいのか?」


 はて。ボクはセキカワサンの言ってる意味が理解できない。

 なんか種類があるってことだろうか?


「すみません。ボク『ちらし寿司』を食べたことないんです」

「あたしも! いっぺん食べてみたいな、ってね。作んの難しいの?」

「いや、結構いろいろ種類があるんだよ。どうせならお前らが食べたいものを作ってやりたいなと思ってな」


 うーん。でもボクと姉さんの食べたい『ちらし寿司』はたぶん同じだ。

 それをどう伝えればいいか……


「あのテレビでやってたやつです」

「セキカワ知らない? サブちゃんが作ってたじゃん」

「あれか! それにしてもなんかお前ら微妙に昭和臭が漂うな……まぁいいや、何のことかわかった。なら簡単だ」


 それから三人でスーパーの中を回る。なんとボクはカート係を任された。人とぶつからないように、邪魔にならないように慎重に操作する。でもトモカ姉さんはあちこちにセキカワサンを引っ張りまわすから、ついていくのだけでも大変だった。

 セキカワさんは魚のコーナーでエビをかったり、野菜のコーナーでエンドウ豆やレンコンを買ったり、とにかくいろんなものを買っている。そのたびに食べれないもの苦手なものがないか聞いてくれる。

 買い物かごがいっぱいになってきて、ちらし寿司への期待もどんどん高まっていく。けっこういろんなものを買ったからお金が心配になったけれど、セキカワさんはカードをピッと入れてそれで終わりだった。ちょっと手に汗をかいてしまった。


   ○


 そしてついに晩御飯の時間!


「さて、お待ちかねの『ちらし寿司』の完成だ! どうよ」


 バーンとテーブルに置かれたのは、まさにあこがれの『ちらし寿司』だった!

 細く切った卵焼きの黄色、桜が咲いているみたいなピンク色は桜でんぶというらしい、レンコンがやっぱり花みたいに並んでいて、さやえんどうの緑色は葉っぱみたいだ。それからエビが並んでて、海苔とかゴマがふんわりとかかっていて……。


「ボク、なんだか泣けてきました……こんなにおいしそうなちらし寿司が食べられるなんて……テレビで見たのとおんなじデス」

「平九郎、泣くんじゃないよ! それにコレはテレビ以上だよ! カラス天狗やっててホント良かったよ、こんな日が来るなんて……」


 そういうトモカ姉さんも泣いていた。もうボロボロ泣いていた。


「ホントお前ら変な姉弟だな。まぁいいから食べろよ。一応余るぐらいの量で作ったからな」


 セキカワさんが小皿にきれいに取り分けてくれる。ちゃんと小さいサイズのちらし寿司になっている。それからちょっと手を合わせて声をそろえる。


「「「いただきます」」」


 パクリと一口。うわ。これがちらし寿司! こ、これがちらし寿司!

 ふと隣のトモカ姉さんを見ると、姉さんもまた涙ぐみながら、うんうん、とうなづいている。


「「ずっごくおいじーデス、ゼギガワサンッ!」」

「いいから、泣かないで食べろよ、お前ら」


 それにしてもちらし寿司ってなんでこんなにおいしいんだろう? ご飯はすっきりとした酢がきいている。そこにタケノコとか人参を甘く煮た具がやさしく絡み合って野菜のお寿司になっている。さらにふんわりとした錦糸卵(本で勉強した)と一緒に食べると味わいがもっと深くなる。うーん、美味しい!


 ああ、海苔の風味とゴマの香りもすごく合う。握ったお寿司は食べたことがないけれど、たぶんアレよりもこっちの方がおいしいと思う。だっていろんな味がして、すごくカラフルできれいだ。


 ああ、蒸したエビも入っている。これもなんて美味しいんだ! と思ったらトモカ姉さんも口のはしからエビの尻尾が出ていた。そしてほっぺをおさえて、うっとりとしている。


 そして気づいたらお皿は空っぽになっていた。

 と思ったらセキカワさんがまた新しくよそってくれた。


「まだまだあるから、ゆっくりと食べな」


「「ハイ」」


 そうは言ったけれど、なかなか我慢ができなかった。

 だって食べるたびにいろんな味わいに気づくのだ。

 レンコンのシャキシャキとしたおいしさ、さやえんどうの野菜っぽい匂いと苦さもなんだかおいしく感じる。あと桜でんぶの甘いおいしさ!


 その時である。

 セキカワサンがグラスの日本酒を傾けながら何気なく聞いてきた。


「そういやさ、断食の修行ってどうなってんの?」


 ズガーンと雷に打たれたような衝撃がボクたち姉弟を襲った。

 ちらし寿司の夢の世界から、羽をもがれ、一気に現実に突き落とされた。


「そ、それについては、いろいろ事情があんだよ……それより今はちらし寿司っ!」


 さすがトモカ姉さん、一瞬でまた羽ばたいた。

 だからボクもそうした。

 今はこの最高の『ちらし寿司』を楽しむのだ!


 ~終わり~  

 



 

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