第46話・きたく

「ただーいまー」


 のんきな声にヴィエーディアが顔を上げると、もう窓の外はあかね色に染まっていた。


(いけないいけない。つい夢中になっちまった)


 フィーリア、ジレフール、セルヴァントの三人に植え付けた記憶を確定させるまでは注意しなければならないはずなのに。それを強化する魔法道具を開発するのに夢中になってしまった。


(ダメだねェ、こんな具合じゃ……アルプだけに押し付けちゃダメじゃないかあたし。あたしが提案したってのに)


 自分の髪の毛をくしゃくしゃにして、ヴィエーディアは溜息をつき。


 表情をいつもの不敵なものに戻し、笑みを浮かべて部屋へ行った。


「ただいまーおししょうさまー」


 アルプがニコニコと笑っている。男二人は疲れ果てているが、それでも昨日のように運ばれてきたのではなくて自力で帰ってきたのだから成長したと言えるだろう。


「ほらエルアミルさま、ちゃんとほうこくしないと。ギルドもほうこくするんでしょ?」


「あ、ああ……」


 薬草や魔物の解体したものををずらずらと机の上に並べていく。


「元気草と、回復花。角ウサギの角と毛皮と肉。二尾蛇の牙。それと……」


「へェ?」


 ヴィエーディアが眉を跳ね上げる。


「解体まで教えたのかィ?」


「だって、いるでしょ?」


 アルプの服は血で汚れている。


「まさか、解体してやったんじゃないだろうねェ」


「それはない。それやったらダメ、ていわれてたから。ぼくはやくそくはやぶらない」


「ならいいんだけどネ」


「アルプくんが丁寧に教えてくれたんですよ」


 エルアミルが運ばれてきたたらいで手を洗いながら笑う。


「アルプくんは森のことをよく知ってるんですねえ」


「へへへ」


 アルプがくすぐったそうに笑う。


「ほめられちゃった」


「よーし、それでいい」


 ヴィエーディアは満足そうに頷いた。


「甘やかしちゃダメだからネ。……お前さんはそれが心配だヨ」


「だいじょうぶ。おししょうさまにいわれたようにするから」


「それでよし」


 プロムスも手を洗い、フィーリアが濡れたタオルでジレフールの手を拭ってやる。


 野菜のサラダと豚肉を入れたスープ、鶏の足を揚げたものが並んでいる。


「では、いただこう」


「はい!」


「はい」


 アルプが元気よく返事して、そろそろ病人食から卒業できそうなジレフールが神印しんいんを組んで挨拶すると、食事が始まった。


 会話の内容は、主にエルアミルとプロムスの冒険の様子。


「今はアルプが見つけてくれているけど、明日からは自分で探すんだヨ。ギルドなんかで依頼があるのなら、その対象の情報を集めなきゃならないからネ。しかもその中に罠が混じっているときもあるから……」


「罠?」


「行方不明の娘を探してくれって依頼に行ったら誘拐事件に巻き込まれたり、手紙を運んでくれって依頼で諜報に関わらされたりするんだヨ。そうやってうまく冒険者を使って立ちまわっている国もある」


「なるほど、冒険者はどこの国にいてもおかしくありませんからな」


「そ。行動範囲を広げれば広げるほどそういうことが発生する。冒険者ギルドからの依頼はまずはずれがないけど、個人的に依頼をしてくる連中には要! 注意だネ」


「そうなのか……」


「冒険者に限らず生きている人間全員に言えることだけどネ、……うまい話にゃ気を付けナ。必ず裏があると思え、だ」


「はい」


「分かりました」


 エルアミルとプロムスは真剣な顔で頷く。


「アルプさん、わたくしが渡した魔法薬はどれくらい使いました?」


「ぜんぶ」


「全部」


「うん、ぜんぶ」


 アルプは空のクリスタル瓶をぞろぞろと机の上に並べた。


「……予想はしてたけど」


「……すまない」


「申し訳ありません」


「まあ、いいさ。アルプに持たせた分で何とか歩いて帰ってこれたんなら、随分な成長サ」


 ただし、とヴィエーディアは付け加える。


「明日の目標はこの使用量の半分にすること。薬に頼りすぎる冒険者なんてみっともないんだからネ!」


「はいっ」


 一喝に、ぴん、とエルアミルが背筋を伸ばし、プロムスが頷く。


「怪力の薬などは入れないようにしましょう。主にケガ、体力の回復を中心に」


 フィーリアが並べた中身のあるクリスタル瓶を、ヴィエーディアが一本ずつり分けてアルプに渡す。


「薬がなくなる前に、無理だと判断して戻ってくるのも手なんだからネ。薬に頼って奥まで行って薬切れ戻れなーいって泣いてもどうしようもないんだからサ」


 選り分け終わったヴィエーディアは、忠告を続ける。


「はい」


 真剣にエルアミルが頷く。


「兄さまがちゃんとした冒険者になるより早く、わたし、ベッドを出てお出迎えできるようになるね!」


「それは面白い。僕たちがちゃんと冒険できるか、ジレがベッドに出られるか、勝負だね」


 穏やかな雰囲気の夕食で、実はアルプが非常に緊張をしているのをヴィエーディアは知っていた。


 人間の肉体をまとって、人間として行動する。それがアルプにとってどれほど難しいことか。知恵を持ち、阿呆が使えても、猫は猫なのだ。人間とは違う。アルプの人間として生きていく知識は、塔から逃げたフィーリアを庇うため、フィーリアの幻影をまとってフィーリアの振りをしていたくらいだ。


 だから、時折アルプから心話が届く。大体は、この状況でどういえば人間らしいかの質問だ。森の中、という異世界で、冒険に不慣れなエルアミルとプロムスを抱えて人間として振舞うのは大変だろう。


 それでも、彼ら彼女ら自分の傍に居たいとアルプが願うなら、これしか方法はない。


 アルプは笑顔のまま、必死で頑張っているのだ。

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