第44話・かんがえた、いって

 しばらく、アルプの嗚咽おえつが、結界で閉ざされた部屋に響いていた。


 ヴィエーディアは、何も言わずアルプの頭をなでていた。


「ぼくがいると……フィーリアさまやエルアミルさまがダメになっちゃうの……?」


「ああ……人間てのは、努力しないで手に入れた力に調子に乗っちまうんだヨ……」


「ヴィエーティアさんは……? ヴィエーディアさんはぼくにちからもらって、うれしかったの……?」


「正直に言うヨ。あたしは、ヤバイと思った」


 深刻な顔で、ヴィエーディアは言った。


「あたしが準備をする性質だってのは聞いてたロ」


「……うん」


「あたしは無茶をしているように見えて、意外と考えてンだ。こうすればこんな効果が出るだろうと判断している。自分の力もネ。いきなり強い力を与えられて、この力を今のあたしが制御できるか、それが不安にもなった。……人間てのは、無償で与えられる力に弱いからネ」


「ぼくは……どうすればいい? どうすればいいの?」


「あんたは……まだ仔猫なんだネ」


 ヴィエーディアはアルプを抱き上げて、自分の膝の上に置いた。


「でも、今の自分が今のままここにいたら、お嬢様やエルアミル様にも為にならない、それもわかるネ?」


 アルプはただ頷く。


「でも、そばにいたい……」


「そうだねェ……」


 天井を仰いでヴィエーディアは考え込む。


「要はあんたが自由な魔法猫だって思わなければいいだけだから……」


 う~んと一唸りして、ヴィエーディアはある考えを言った。


「そうか……そうなんだ」


 金色の瞳が輝いた。


「ヴィエーディアさん……」


「あたしゃあんたに世話になった。恩義もある。借りもある。だからあんたの願いは叶えてやりたいと思ってる。この作戦に乗るってンなら、全力で力になるヨ」


「ありがとう」


 アルプはヴィエーディアの腹に頭を押し付けた。


「ありがとう、ヴィエーディアさん……」



    ◇     ◇     ◇



 フィーリアはふっと目を開けた。


(あら……)


 なんとなく違和感を覚えて考え込む。


(何かいいことがあるような気がしていたけど……気のせいかしら……)


「フィーリアさまっ」


 こんこん、とノックがされた。


「ごめんなさいね。起きているわ、アルプさん」


「うん。エルアミルさまもおこしてくるからねー」


 のんびりした少し舌足らずな返事が返ってきて、ぱたぱたぱた、と足音が去っていく。


(あら?)


 フィーリアはもう一度考えこむ。


(アルプさんて、あんな足音立てたかしら……?)


 だけど、そうでしょう、と頭の中で声がする。


(足音を立てない人間なんて、いるはずないもの)


 フィーリアはベッドから降りると、軽く伸びをして、着替えを始めた。



 だいぶ回復した顔で机に座っているエルアミルとプロムス。ベッドで上半身を起こしているジレフール。食事を持ってくるセルヴァント。いつも通りくしゃくしゃの髪で食卓についているヴィエーディアと。


 自分がいない間にヴィエーディアが見つけた、魔法力の器としては大きいが魔法を使う才能がないという少年、アルプ。


 ヴィエーディアが弟子として引き取り、今回の脱走劇でも屋敷を浮かせる魔法力を、ヴィエーディアの魔法道具で引き出したという、本当に魔法力だけは凄まじい、しかしそんな才能を秘めているとも思えない、黒髪と淡い琥珀色の瞳をした純粋な少年だ。


「アルプ」


 ヴィエーディアが声をかけた。


「今日の冒険行にはお前がついていきな。基本は教えたし、これ以上あたしがついていくのも勉強にならないからネ」


「はい、おししょうさま」


 アルプは笑顔で頷いた。


「ヴィエーディアは?」


「もうちょっと魔法道具をいじりたいところがあってネ。アルプも森のことは一通り知っているし。魔法なしでやんないとあんたらのためにならないんだから、きちんと冒険してきな」


「……はい」


 不安そうな顔をしてエルアミルは頷く。


「だいじょうぶだよ、ぼく、まものとはたたかわないけど、もりのことはしってるから」


「世話になる」


「よろしくお願いします」


「はーい」


 キラキラした笑顔。


 それだけで一同は和む。


「じゃあ、おししょうさま。きょうはいちにち、エルアミルさまとプロムスさんのごえい? だよね?」


「そうだヨ。あたしの代わりに、変なことをやらかさないように、しーっかり、見張っておくんだヨ。場合によっちゃケツ蹴っ飛ばしても構わない、あたしが許す」


「おししょうさまのいうことでも、それはむずかしいかなあ」


 いただきます、と食膳の挨拶をして、アルプはご飯を食べ始めた。


 チラリとアルプはヴィエーディアを見る。


 ヴィエーディアはそれでいい、と頷いた。



 ヴィエーディアは、皆から「魔法猫アルプ」の記憶を抜き、「魔法使いの弟子アルプ」の記憶を付け加えることを提案した。


 魔法猫だから人間に無償で力を与えることを期待される。魔法使いの弟子は、魔法力がどれだけ大きくても未熟者で、誰かに力を与えるなんてことはできない。


 だから、人間に姿を変え、魔法のことをあまり知らない少年を装ったのだ。


 うまくいくかどうかは、アルプにかかっている。


 そして今のところ、アルプとヴィエーディアがかけた記憶操作の魔法に、皆はうまくかかっているようだ。


(がんばるよ、ぼく)


 アルプは言っていた。


(みんなのそばにいるために)


 そうだ、頑張れ。


 ヴィエーディアは心の中でエールを送る。


 あんたなら、できるからサ。

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