第26話 雪のような

 久しぶりの我が家。座りなれた椅子に深く腰を下ろし、背に体を預けた。


「ふー、やっぱり落ち着くや~」


 身体の汗を風呂で流しギトギトで気持ち悪かったのがスッキリすると、疲れが心地よく眠気を誘う。窓から入る風が絶妙に心地よくて、このまま寝てしまったらどれだけ気持ち良いだろうか。徹夜の仕事から帰って疲れた体でシャワーを浴び、部屋が薄明るい中ベットに飛び込むあの気持ち良さを思い出す。

 目を閉じうとうととしていると、ドアの方から声がかかった。この声はヨルドだ。


「旦那様」

「んー」

「旦那様」

「んーわかったって」

「お客様です」

「!」


 バッと体を起こすと、そこには契りの晩餐でハンカチをひろった美少女が立っていた。

 後ろで束ねる白い髪に、白い肌。白く透明に透き通ったその姿はどこか儚く感じる。あまりにも綺麗だったため、あんなにいろいろあった契りの晩餐の中でさえ色こく記憶に焼き付いている。契りの晩餐で出会った時とは違い、少し緩やかな服を着ていた。


「デロンド・ゲシュタル様。私、フレア・ザックラーと申します」

「きみはハンカチの!」

「覚えていて下さったんですね!!」


 フレアは小走りで近づいてくると俺の手に小さく触れた。ひんやりと冷たい感触が伝わってくる。


「! フレアさん!?」

「ふふふ、うれしいです。私のような者を、デロンド様が覚えてらしてくれて…」


 デロンドと呼ばれたのは初めてかもしれない。上目遣いの彼女は、普通に見るよりも断然綺麗で、俺は動揺してしまう。

 俺は彼女の細い肩を持つと、彼女を突き放した。彼女の目は驚いたように丸くなっている。


「ご、ごめんなさい。わたしったら…」

「い、いや…、それで御用って?」

「! そうでした!」


 いちいち手の動きなど些細な動作がきれいで、こんな美少女だったら結婚を申し込んでくる男が山ほどだろう。


「私と結婚していただけませんでしょうか」

「!」


 これにはヨルドも驚いたようで、割って入ってくる。


「旦那様、立ち話もなんです。いったん彼女は客室に行ってもらいましょう」


 そういうとヨルドは廊下の方で控えているメイドのアンを呼び出し、フレアを客室の方へ通すように指示をした。

 部屋の中には俺とヨルドだけ取り残され、微妙な空気が流れている。


「…いやーびっくりしたね」

「旦那様。言っておきますが受けてはだめですよ」

「大丈夫大丈夫。あんな綺麗な人が、俺みたいなやつを選ぶわけがないってことなんてさすがにわかっているから」

「いえ、あなたはゲシュタル家当主です。彼女は名も知れぬ低級貴族の家柄。あなたと結婚出来れば相当な利益を得ることになります」

「そ、そうか…」


 あんな綺麗な人と結婚出来たら最高だな…と下品なことを考え、俺は妄想をかき消すように首を横に振った。


「旦那様が幸せになるなら、私にはそれを止める権利はありません。ただ彼女の家については調べておきましょう。彼女がゲシュタル家を滅ぼすことにならないように」

「ヨルド…」

「それに、少し気がかりが」

「?」

「【契りの晩餐】の後、我々は山中を通ってきたため普通に帰るよりは遅くなったのはたしかですが、それにしても彼女がここにやってくるのが早い。

 あの後、自分の領地にも帰らずここに来たというスピード感です」

「! たしかに!」

「それにあの場所に居ながらあんな事件を起こした旦那様に求婚するのはいささか違和感を感じずにはいられません」

「なんか確かに聞けば聞くほど怪しく感じてきた」

「ひとまず諸々情報がそろうまでは、深入りしすぎない方が賢明かと」

「わかった」


 ◇


「というわけで、今君と結婚することはできない」

「…わかりました、デロンド様。ただ今晩だけここに泊めていただけないでしょうか」


 俺がヨルドの方を見ると彼も「仕方がないでしょう」という顔をしている。


「わかりました。今晩はここに泊って行ってください」

「ありがとうございます!」


 嬉しそうに笑う姿からは裏があるなど想像がつかないが、ここで信じてしまうとハニートラップというやつに引っかかってしまうのだろう。俺は気をつけなきゃと心で反芻した。


「デロンド様、この後はどうされる予定なのですか?」


 考えてなかった。【契りの晩餐】の件で、フォージュリアットやテンボラスの軍が攻めてくる可能性を考えてその準備をする。

 ただそれは俺の予定というよりは、ヨルドが考えてくれるからヨルドの予定だろう。もちろん他人任せとはいかないから俺も考えるが、軍の動かし方なんてわからないし政治のことも何にもわからない。

 そんなことを考えていると、それを見透かしたようにヨルドが声をかけてきた。


「後始末については私にお任せください。その代わりに旦那様は数日領地を空けたんですから、民の様子を見に行ってはいかがでしょうか。それも旦那様の重要なお仕事かと」

「そうだね、そうする」

「ふふふ。デロンド様にとってヨルド様はブレーンなんですね」

「なんでも相談しちゃうから申し訳ないけどね。

 あ、そうだ。それならレージェストさんやエルヴァネさんたちも連れて行こう。

 いいよねヨルド」

「それはいいかもしれません」

「あの、私も着いて行ってもいいでしょうか?」

「そうだね。フレアさんも屋敷に置いていかれても暇でしょう。一緒に行きましょう」

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