第17話 襲撃者

 市場いちばでは、この地でとれたとれたてであろうイモ類やキャベツやレタスのような新鮮な野菜だけでなく、豚の頭や豚足、鳥の丸焼きなどをあつかっている店もあり横を通るといい匂いにつられそうになる。

 他にもアクセサリーや嗜好品の類の物まで、様々な物が所狭しと並んでいて、市場は活気に溢れていた。


「わぁ、おいしそうだな~…」


 メイドの少女──アンは口に手をあて、涎をじゅるじゅるとすする。彼女も久しぶりの外の世界なのだろう。彼女らメイドたちは、普段は屋敷の隣にある宿屋で寝泊まりし生活をしている。ほとんどが遠くからの出稼ぎ労働者で、領地の外に出るのは1年に一回ほどの長期休みの時ぐらいで、その時も大体は地元に帰り実家の手伝いをするという。みな苦労人であると同時に、この世界では彼らの生活レベルの方が普通なのだ。


「へぇ、これは焼き鳥かな? アン食べるかい?」

「!? わ、私ですか? 私におっしゃっておられますか?!」

「アンはキミしかいないだろう?」


 アンは突然主人に話しかけられて動転したのか身振り手振りが大げさで、その慌てぶりがなんとも面白い。


「ああ、せっかくだし食べたらいいよ。君たちもどう?」


 お付きの兵士たちには「私たちは任務中なので結構です」と言われてしまった。さすが仕事人だなと思いつつ、俺もこの後テンボラスの屋敷で料理を出される可能性があるかもと、アンの分だけ買ってやった。


 屋敷で出される食事は異様に多い。そういう場ではさすがにアンたちに分けるわけにはいかないので一人で食べることになるのだが、残すのもなかなか申し訳ないし残飯は廃棄されるてしまうのが普通だった。

 人を招く際、足りないようなことが無いように多く用意するのがマナーのようだが、ご飯が勿体ないなと思ってしまうのは俺が貧乏性だからだろうか。


「おいしい、おいしい!」


 アンは焼き鳥にかぶりつきながらそう言った。

 焼き鳥は、串にさされた鳥のもも肉にたっぷりと甘いタレにつけられ、炭火でこんがりと焼かれている。した垂れ落ちる肉汁が火にあたり弾け、「ジュッ」と音を立てるのがなんとも食欲を唆られる。そのおいしそうな香りだけでご飯が進むし、ビールをあおりたくなる。


 本当に涙を流しながら食べるアンの姿を見て若干引きながらも、おいしそうに食べる姿を見れて満足感に包まれた。


 それにしても市場はの品ぞろえが充実している。この領地でとれたものだけだここに並んでいるようには思えなかったので店の者に聞いてみると、やはり違う地域からここまでやってきているらしい。


「なんでわざわざここにまで来るんです? 人が集まるからですか?」

「ん? ええ、そうですわ。ここは人の集まりもええし、何より税を取られないんがええですね」

「税を?」

「わての住むところで店を開くとそれだけで税金を取られちまうんです。売れるときはええが、売れん時は赤字でっせ? やってられませんわ」


 なるほど、自由に商売ができるのがこの地の利点というわけか。これはすぐにでもゲシュタル家領で施策として取り入れることができるかもしれない。税金を取る方が得をするか、それとも税を撤廃することで人を集めることが得なのかは検証する必要があるが、うちでもすぐに始められることではあるため再現性が高いことは間違いない。一瞬だけの成果よりも持続性が欲しいので、というわけではないが…。これはヨルドに相談だなと思った。


 ◇


 市場を通り街の外の方へ歩いて行くと、俺が2人分ほどの高い壁があり、その先は一段競り下がった場所に繋がっていた。

 ゲシュタル家領は今、荒地を平らに広げることには成功しているが、その後の使い道を決めきれずにいる。ただ農業をして自給自足に従事することが、ゲシュタル家をクリーンな領地経営にすることに繋がるのか図りかねていた。

 彼ら領民のの最低限度生活を保障するのは当然のこととして、それ以上にこのテンボラス領のように発展させ豊かにしてやりたい。


 そういう事情もありこのところの課題は街を作ることで、街構造には興味があったため、その壁の向こうに足を踏み入れてしまった。


 壁を抜けると人の賑わいがなくなり、さっきまでの活気が嘘のように陰鬱としている。これまでのテンボラス領のそれとは違い、華やかな印象はなく、ここはなんだか

 街の隅にはゴミが落ちていて、そこにある家も装飾で綺麗に整えられていた街の方のものとは明らかに違って、屋根が剥がれかけていたり窓が割れていたりする。


「旦那さま」


 兵士の1人が前に出る。危険の香りを察知したらしい。まぁ彼らのように訓練された兵じゃなくても、ここがなんとなく危険なのはわかる。アンも気味が悪そうにあたりをキョロキョロしている。


「引き返そうか…」


 俺がそういうと、兵士は俺の方を見ずに答えた。


「いえ、囲まれています」

「!!」


 ザッと数人の人影が家の物陰や屋根の上から現れる。手にはナイフやらの武器を持っているようだった。


「へぇ? こんなとこにクソ貴族野郎が入ってきたから、どんなマヌケかと思ったが…。こんだけ気配を消してたのに気づくとはな」


 顔を大きな布で覆った小柄なリーダー格らしきやつが声を発した。

 リーダー格らしいと思ったのは、その周りを囲む大きな男たちが、その者を中心に動いていたからだ。統率が取られているような動きではないが、そいつらの動きは、こうやって誰かを襲うということに慣れているように見えた。


 俺は全身から汗が噴き出し、手が冷たくなっていくのを感じる。

 異世界にきてから、基本的に自分が主の領地に居て安全だったから気を抜いていた。

 忘れていた。

 ここはで、こんな危険が常につきまとう世界なんだってことに…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る