第15話 ドワーフ

「ゲシュタル様! 今回もご利用ありがとうございます!」

「ああ」


 奴隷商が摩擦で火が付くのではないかというほど手をすり合わせ近寄ってくるのを軽く受け流し、今回の奴隷たちを見る。


「約束通りちゃんと服を着せてくれているようだね」

「ええ、ゲシュタル様に頼まれてはこちらもサービスを怠るわけにはいきませんので」


 いつも服も着せずに奴隷を連れてくるので、「服を着せて最低限人としての尊厳を守れ。そうしないと二度と買わないぞ」と言ってやったのが効いたらしい。しぶしぶかもしれないが、服は着せてもらえているようだ。最もここに連れられる直前に着せているだけかもしれないが、そこまでを把握することは困難。これから徐々に要求を強めていくつもりだ。


「それでゲシュタル様、本日は獣人が多く取れまして…。残り物でもなかなか粒ぞろいなのでお値段の方を…」


 たしかに、奴隷たちはほとんどが獣人のようだった。

 最初に奴隷商に全部を買うと宣言した際、売りに来るのは他の貴族たちを優先し、このゲシュタル家には最後の残り物を連れてくるように伝えた。

 本当に全てを買えるならよかったのだが現状それは資金面でも難しい。だから、ごみのように捨てられてしまうを買うことにした。売れない奴隷は奴隷商にとっても、管理コストだけがかかるお荷物となるので、その奴隷の末路は惨い死だ。


「おいおい、さすがにそれは受け入れられないよ。売れ残りを買ってやっているんだ。金額は規定通りでやらせてもらう」

「うう…仕方ありません」


 俺はあえて強気に出る。少しでも隙を見せれば、こいつはここぞとばかりにすぐに値上げの交渉を始めやがる。

 彼ら奴隷の価値を値切るように買うのは気が引けるが、そうは言っていられない。彼らを解放することを第一と考えたら、俺の気分の悪さなど二の次だ。

 しかし…、


「本当に獣人が多いね。どうなってるだ?」

「いやね、私も驚いたのですが、フォージュリアット様が大の獣人好きでして、ついに個人軍を動かされ獣人狩りをしたそうで。

 欲しい物は手に入ったからと、残りを市場に卸されたのです」


 ──フォージュリアット。聞いたことがある。たしか南の大貴族だ。

 ヨルドから個人的にこの国の情報は聞いていた。

 この国、ヴァーシュタリア王国は王家ヴァーシュタリアによって興された国で、それを支える五つの大貴族とその下で細分化される貴族たちがいて成り立つ王国だ。

 ゲシュタル家はこの五大貴族の一つで、ゲシュタル領も王から与えられた土地であり、その対価としてこの地の利益の一部や、軍事力を提供している。

 その大貴族の一つがフォージュリアット家であり、たしか当主は女性であったはずだ。


「…わかった。今回も約束通り全部買わせてもらうよ」

「毎度ありがとうございます! ゲシュタル様はさすがでございます」


 奴隷商が鼻歌交じりに去っていくのを見て、俺は大きくため息をついた。

 こんなことをやっていていいのだろうか。毎回、自分の無力さを実感する。

 やつらから奴隷を買えば奴隷市場への需要が成立してしまうため、市場は大きくなっていく。それならば買わないのが正解かもしれない。しかし誰もが奴隷市場から奴隷を買わないなら市場は縮小しうるだろうが、現実はそう上手くは回っていかない。奴隷制度が成立している以上、奴隷を買う方も売る方も、ルール上問題ないわけだ。

 奴隷をごみのように扱うことに疑問も罪悪感も何も感じないのであれば、こんなに都合のいいシステムはない。

 多くの金持ちたちは奴隷これを手放すことはできないだろう。


「さて…」


 俺が今買った奴隷たちの方を向くと、彼らはビクッと震えた。これまで買ってきた奴隷たちは皆同じだった。これからの自分たちがどう扱われるか、それを知っているからこそ彼らは絶望し恐怖する。


「心配しないでください。皆さんの生活は俺が保証します」


 ◇


 荒地の開発は当初の予定よりも順調に進んでいき、新しく領民として迎え入れた奴隷たちの家も次々と建てられ、立派な集落となりつつあった。


 この開発がうまくいった理由は3つ。

 1つは、先代と共に荒地を開拓した経験をもつ領民の存在。闇雲に開発を始めていたらぶつかっていただろう問題の多くを彼らの指導により回避できたこと。

 2つ目は当たり前だが、元奴隷の領民たちの頑張りによる功績だ。無理はしないようにと伝えてはいるのだが、彼らはよく働いた。もちろん彼らに人としての権利を返上し、開発した土地での生活を約束したことも大きいだろうが、それ以上の働きを彼らは進んで行った。

 そして3つ目。これが荒地開拓を予想以上の成果へと進めた一番の要因。それは買った奴隷たちのだ。

 奴隷たちは皆もともと何かで生計を立てていて各々得意分野があった。木こりをやっていたものは木を切り倒す効率のよい方法を知っていたし、牧畜をやっていたものは動物を増やすことができた。

 さらに獣人もいる。彼らは人間よりも身体能力が高く、高い所での作業ができる者や力が強く何かを運ぶ時にはとても頼りになる者がいる。


 そして極めつけは、大陸の中の特別な種族の1割に含まれるが奴隷としてゲシュタル家にやってきたことだ。彼らは頑固で奴隷には向かない。背丈は小さく、顔中をひげで覆われた見た目はお世辞にも美しいとは言えない。貴族たちのコレクション欲にも引っかからなかったらしく、売れ残りこのゲシュタル家にやってきた。

 やはり頑固で言葉数が少なくすぐにはみんなと仲良くなることはなかったが、黙々と何かを作ることが種族の特性なようで、建築や農具などの制作にその才能を発揮した。


「モンさん、調子はどうですか?」

「そんないちいち毎回聞かんでも、そうそう調子は変わらんわい」

「そ、そうですか」


 俺はドワーフのモントル、通称モンさんに気さくに話しかけるも玉砕する。けど彼との関係はこれでいいと思っていた。モンさんは酒に弱いらしく、領民みんなで酒を飲んだ日に「あの領主は変わっとる! 変わり者は悪くない」と領民たちに酔っぱらった勢いで胸の内を明かしていたということをこっそり領民の一人に聞いた。彼にとって居心地が悪くないならそれでいい。


「皆さん、新しい仲間です。いろいろ教えてやってください」


 今回の奴隷たちを領民たちに紹介すると、「あんたらは運がいい」「ここでは自由だよ」と口々にみんなが彼らに声をかけた。


 ◇


「旦那様、手紙が届いております」


 屋敷に帰るといつものようにヨルドが迎え入れてくれたが、今日はいつもと様子が違った。そんなに表情や言動に感情の変化が出るタイプではないが、いつもより少し暗い感じがする。たぶん、届いた便りがいいものではないのだろう。

 俺はヨルドから手紙を受け取ると、封筒が豪華な装飾にあしらわれているのに気づく。封蝋ふうろうに押された印璽いんじの紋章は、俺はこの異世界に来てまだ見たことがないものだった。


「‟契りの晩餐”からの招待状です」

「契りの晩餐?」

「はい。このヴァーシュタリア王国の一部の貴族たちで構成された、会員制のディナーパーティーです」

「!」


 会員制のディナーパーティー。いろいろな貴族が一堂に会する、そんなところだろうか。社交界的なもので、政治的思惑が錯綜さくそうするのを想像すると、なかなかに胃が痛くなるのを感じる。


「社交界的な感じですか?」

「…いえ。社交界はまた別です」

「別…?」


 社交界ではない…。そうなると俺の頭では全然想像できない。ただ夕食を一緒にするとい話でないことは分かるが…。


「契りの晩餐とは、一部の貴族により行われる闇の密会。

 武器の密輸、奴隷市場への投資、薬の斡旋などがすべてここで行われるのです」

「!!」




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