高校の校歌




 恐怖で混乱と足の回転が加速する中。

 脳裏に過ったのは、音痴の某アニメキャラ。

 音波で機械を停止させられたようなそうでないような。


(ええい。ままよ)


 私は前を向いて走ったまま歌った。

 高校の校歌を。

 腹の底から大声で。

 某アニメキャラに負けないくらいに。

 歌うのは大好きだ。

 音が外れていると友人から指摘された事はあるが自分ではさっぱり分からないし、下手だと言われよう何だろうが、カラオケボックスで誰にも遠慮せずに歌うと気持ちいいし。あとは、学校の屋上。誰でも自由に入れるのに、だーれも近づかないのだ不思議な事に。


「お嬢さん、お嬢さん」

「え、何?」

「………あなた、歌に没頭してぎんくんに追われていたの、忘れていたでしょう?」

「ああ、まあ」


 三番まで全部校歌を歌い切った所でおばあさんに話しかけられた私は、おばあさんが足を止めると同時に足を止めて、見てみてと言われた通りに後方を振り返れば、地面に伏しているぎんくんがそこにはいた。

 どういう状態なのか確かめる勇気はなかったので、近づきはしなかった。


「まじか」

「まじね」

「やっぱり音楽は偉大だね」

「異論はないけれど、あなたの音痴のおかげでもあるわね」

「私ってそんなに音痴?」

「今の私からは考えられないくらいにね」

「へえ。年を取れば美声になるんですか」

「あら?私が未来のあなただって信じる気になったのかしら?」

「まさか。ぜんぜん。年を取れば美声になる可能性もあるというただの情報にへえーとなっただけです」

「まあ信じなくても協力してくれるのなら構わないんだけれど。また襲われる前に七星天道虫を早く見つけましょうか」

「あ。待った。スマホが復活してるし企業にラインしときます。住所、と、回収してください。と。よし。じゃあ行きましょうか」

「ええ」


 先に歩き出す私より遅れて、おばあさんはぎんくんを見つめてから横に並んで歩き出した。


 私たちは知らなかった。

 ぎんくんを作った企業関係者ではない、何者かがぎんくんを回収していたなんて。




 私たちは何も知らなかったんだ。











(2022.7.3)


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