第2話

 最先端を行き過ぎたAIとヒトの世界戦争が終わりを迎えて、十年余り。


 かつての大都市は、少しずつ復興を遂げているとはいえ、今も殆どが瓦礫の山、廃墟の山であり、車両が走る6車線の大通りは、盛大にヒビだらけのままだ。


 黒い袋に入れられ、もがくラウネに、ガタン、ゴトンとデコボコを跳ねるタイヤの衝撃が直撃する。

 その度に、「痛っ」、とか、「あうっ」、とかの悲鳴が袋から漏れる。


 そして何より、何も見えず、何をされているのかも分からないラウネは、混乱していた。


「……なんですか、もー! ここどこですか!?」

 ジタバタ。



 そんな叫びも元気さも、間もなく静かになる。

 車両内に噴射された催眠ガスによって、ラウネが眠りに落ちたからだ。





 

 ◆◆⌚◆◆






 ラウネが目覚めた時、眼に入ったのは見知らぬ天井だった。

 

 上体を起こし、目覚めたベッドの上で、ラウネはあたりを注意深く見渡してみた。

 牢屋にでも連れていかれるのかと思っていたラウネは、予想を大きく外れたインテリアたちに、驚く。


「……わ、すごい……」


 崩壊してクレーターだらけの街は、穴だらけの廃墟ばかりで、まともに住める場所を探すのも一苦労だというのに。そんな事情とはかけ離れた、物静かな別荘のような、整った部屋だった。

 床はピカピカのフローリングで、観賞用の植物や、冷暖房も備えているようだった。

 

 ラウネはその端にある高級そうなシングルベッドに寝かされていた。


「べっどもふかふかです」

 手で寝台の感触を確かめつつ、ラウネは昨日のデコボコ道で全身打ち付けたことを思い出す。

 今はどうだろうか?

 ベッドからぴょん、と飛び降り、身体を動かしてみても、どこにも痛みはなかった。

 

 ううん、とラウネは小さい身体で背伸びをする。

 部屋と外テラスを隔てるガラス戸から差し込む日差しは、早朝らしく清々しい。

 

 そんな天国のようなところに。


 突然。


 ズシンズシン、と地響きが聞こえてくる。

 しかしその音に、ラウネは聞き覚えがあった。


 暫くすると、ガラス戸の向こうを、多脚戦車が闊歩し、横切っていくのが見える。

 全高20mで、六本脚の昆虫のような姿に、全面強固な装甲と、戦車砲身を備える、AI陣営の大型戦闘車両だ。

 戦争は、AI陣営の根幹であったマザーコンピューターを破壊することで終了を見せたが、未だに命令を実行し続ける野良ロボットが時折みられる。


 多脚戦車が通り過ぎるのを見て、

「……見張りかな?」

 

 ラウネは冷静にそう呟いた。

 囚われの身が脱走しないよう監視している見張りに見えたからだ。


 そして、ラウネは自分がどこにいるのか、全くわからなかった。

 今ラウネは、整った部屋にひとり、ポツンと居るわけだ。

 ここには、魔族部隊のリーダー『大和アイ』も、移動要塞の(自称)艦長『カワイチ』も居ない。 


 ラウネが、自分が孤独であることを思い出した時。


 扉を開ける音に、びくりとする。

 部屋に誰かが入ってきた。

 白い衣服を身に着けた……ナース型の人型ロボットだった。

 

 手に持つプレートを見るに、食事を運んできたようだ。


 ナースは寝台傍のサイドテーブルに、軽食の乗ったプレートを置き、その眼で(――目視という意味ではなく、機械的なスキャニングという意味で――)ラウネのバイタルサインをチェックする。

 成人女性の平均身長ほどあるロボットは、130cmしかないラウネからみると長身だ。

 見下ろすような視線が、簡易的な健康診断を実施し。


 数秒後。


「――遺伝子異常を感知。・・・・・・登録データ照合――終了。問題なしと判定」


 機械的な声で、ロボットは言った。


「――」

 人工的な仮面のような顔で、暫くラウネの顔を見つめた後、くるりと反転してナースは部屋から出て行こうとする。


「あ、ちょっと! ちょっと待ってください」


 呼び止めるが、ナースロボは止まらない。

 そのまま扉を開けて部屋から出て行ってしまった。


「もう、不愛想!」


 憤慨してももうその声は届かない。

 ラウネは走って追いかけようかと思ったが、ぐぅ、と鳴ったお腹に戦意を失った。

 サイドテーブルには、サンドイッチと牛乳、バナナなどの軽食が乗っている。

 ごくり、とラウネはのどを鳴らした。

 スーパーで買ったお菓子は、拉致されたときに失ってしまったし、ラウネは腹ペコだった。


 しかしこんな見知らぬ場所だ。 


 普通の者なら、毒でも盛られているのではないかと危惧するところだろうが、ラウネに至ってはそれはない。

 なぜなら、ラウネは植物合成獣キメラと呼ぶに相応しい特異な存在だからだ。


 植物と動物は、その細胞構造がとても似ている。

 ヒトゲノムと植物ゲノム。 

 その合成研究なんかの果てに、子宮ほどもある植物の種子から生まれたヒト。

 それが、ラウネだ。

 故にDNAはヒトとは似て悉く非なる状態であり、植物の因子を詰め込まれたラウネの足先まで伸びるクセっ毛は、新緑の葉っぱのように鮮やかな緑色をしている。

 肌も色白で、耳はエルフのように尖り、頭をかざるヘッドドレスは生花で編まれ、目立つ小さな王冠は、生きた花のつぼみである。

  

 このようにラウネは世界戦争前に居た常人とは異なる種だから、成長の仕方も全然違う。

 つまりラウネは、齢20歳にして見た目は幼く、精神も知能も育つのが遅いため、今も子供レベルなのだ。

 

 しかし、このような異種の存在は、今や珍しくもない。


 なぜなら、ヒトが培ってきた技術が生んだ、集大成と言えばそうだから。 


 例えば――。

 精神を改造する技術に、種の垣根を超えたDNAの操作技術。

 完全な自我を持ったコンピューターや、もはや魔法とも呼べる天候操作技術。

 そんな行き過ぎた技術発展と、核戦争による放射能が、今日まで様々な異形種を生み出してきた。


 それらは、総じてサブカルチャーからの引用によって、『魔族』や『悪魔』と称されるようになった。

 

 ラウネの所属する組織は、そう言った者達の集まりであり、先進技術による戦争の再発を未然に防ぐ活動を、私的に行っている。


 

 植物由来の魔族であるラウネにとって、毒というものはもはや一寸も作用しない。

 ラウネが食事をためらう理由は一つ。


 サンドイッチにトマトが入っていないかどうかという点だけだ。

 あと牛乳はたまにお腹が痛くなる。たまにだが。


 ラウネはサイドテーブルの椅子を引いて座り、そっとサンドイッチのパンをめくった。

 乾いているはずのパンを、体液でじゅるじゅるにするあの赤い悪魔は挟まっていなかった。


「……よかったぁ」

 

 トマトが無いと解れば、ラウネは無心にサンドイッチにかぶりつく。

 味覚は人のソレであるラウネが、その味に微笑みを浮かべる。

 特に挟まったハムが上質なのか、非合成の天然物なのか。

 ごくんと飲みこんでから、ラウネは思わず呟く。


「おいひい!」


 口の端には、マヨネーズがついていた。

 


 

  



 

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