竜と魔王と聖魔の少女

tsukasa

第一章 始まりの国

第1話 見知らぬ自分

 んっ…?

  

 耳元で、誰かが叫んだような気がして意識を取り戻した。 


 ―ザワザワ。


 人の声が雑音のように聞こえる。

 視力より先に聴覚が戻ってきている。

 何度か瞬きすると、ようやく視力が戻ってきた。

 うっすらと周囲に人がいるのが見えた。

 それもかなり大勢だ。

 

(何?…この人たち、誰?)


 お尻がひんやりする。

 起き上がろうとしたけど、何か自分の身体じゃないみたいに手足がうまく動かせなかった。


(あれ?

 私…何してたんだっけ?)


 そうだ、勤務先の病院に行く途中だった。

 夕方からの出勤だったから、直前までレトロゲームのRPGをやっていたんだ。ちょうどラスボス戦で、あとちょっとで倒せると思った時にラスボスの魔王がHPMP全回復して、こっちはMPもアイテムも使い切ってて…あっけなく全滅してしまった。

 コントローラーを投げつけたい程の最悪な気分のまま、急いで家を出たんだ。

 遅刻ギリギリで焦っていたところへ、よりによっていつも通る道が工事で通れなくなっていた。

 仕方なく迂回路で通ったその細い路地は、マンションの建設工事現場の前だった。

 急ぎ足でその路地を通った時だった。


「おーい!危ないぞー!」


 上から声がして、空を見上げた。

 私の目に映ったのは、頭上に落ちてくる大きな鉄骨だった。

 そこで意識がなくなった。


(私、死んだのかな。

 ってことは、ここはあの世…?)


 それにしてはお花畑もないし、三途の川らしき水辺もない。

 随分と殺風景な場所だ。

 あの世って本当はこんななのか?


「おお!起き上がった!」

「入魂召喚が、初めて成功した!」


 ちょっと動いただけで、「おおーー!」とどよめきがおこった。

 びっくりして周囲を見ると、白っぽいローブ姿の集団に360度囲まれていた。

 なんだか怪しげな人たちだ。

 新興宗教かなんかの集会だろうか?


 ふと、自分の裸足が目に入った。

 靴を履いてない。

 いや、靴どころか、下着も着けていない。

 体の上にシーツみたいな布が一枚掛けられていただけで、全裸状態だった。


「…っ!」


 危うく悲鳴をあげそうになるのをこらえ、シーツでくるんで体を隠した。

 どうりでさっきからお尻が冷たいはずだ。

 それにこの床、レンガでゴツゴツしていて、あちこち体が痛い。


 シーツを体に纏い、ようやく立ち上がって、周囲を見回した。

 そこは石造りのかなり大きな部屋だった。

 天井も高くて、まるで教会の礼拝堂みたいだ。

 ふと、自分のいる場所の床を見ると、そこには何かの塗料で不思議な図形が描かれていた。

 アニメやゲームで見たことがある、魔法とか使うときに描く魔法陣ってヤツだ。

 その魔法陣の中心に自分が立っている。

 ローブの人々はその魔法陣の中に入らないように距離を取って囲んでいたことがわかった。

 ざわつく彼らの話の内容が、とぎれとぎれに聞こえて来た。

 彼らの言葉がわかる。

 召喚がどうとか云っている。

 ああ、そうか、これって…。

 

(もしかして、これが噂に聞く異世界召喚ってやつ?)


 その時、白ローブの集団が道を開けた。

 開かれた道の真ん中を、コツコツと足音を立てて紫色のローブを着た人物が1人、近づいてきた。

 ローブの色が他の人と違ってるし、金色の縁取りが刺繍されていて、かなり豪華な仕立てに見えるから、きっと偉い人なのだろう。

 明らかにオーラが違う。

 この人が動くと視界がユラリと歪む感じがする。

 フードを目深にかぶっていて顔はよく見えなかったけど、他を威圧する存在感があった。


「娘…だな?名は何という?」


 少しくぐもった声はオジサンっぽい。

 この感じだと若いイケメンではなさそうだ。

 それより気になったのは、なんで疑問形なのかってことだ。

 私が女に見えないとでも?


高堂永久タカドウトワです」

「タカド、ウト…」


 日本人の名前は、慣れていない人にはやっぱり難しいんだろう。

 外国人に名乗った時、だいたいこうなる。


「トワ、で結構です」

「そうか、ではトワ。ついて参れ」


 紫ローブの人は手を差し出した。

 その手も紫の手袋をしていた。

 

 その手を取って、私はその場から連れ出された。

 大勢の人々の注目を浴びて、シーツが下がらないように押さえながら歩くのが精いっぱいだった。

 古びた石造りの長い通路を通って案内されたのは、立派な応接室だった。

 そこには西洋の騎士っぽい鎧姿の青年が控えていた。


「レナルド。これよりこの者を警護の対象に加えよ」

「かしこまりました、大司教陛下」


 だいしきょう?へいか?

 大司教といえば宗教国家の偉い人のことだ。

 ということは、ここはそういう国なのだろうか。


 ふと、レナルドという騎士に目をやる。

 イケメン…というより俳優のブラッ〇・ピットを若くしたようなイメージだ。

 鈍色の鎧が動くたびにカチャカチャと金属音を立てる。

 初めて見た本物の騎士は、素直にカッコイイと思った。


 ふかふかの椅子を勧められ、テーブルを挟んで大司教と向かい合う。

 ハリウッド俳優似の騎士は扉の前に立っている。

 大司教がフードを取ると、ぎょろりと鋭い目が現れた。

 大司教の顔は両目以外すっぽりと覆面レスラーのようなマスクに覆われていたのだ。

 頭の天辺がデコボコしているように見えるのは、コブでもあるのか、あるいは髪の毛のせいなのだろうか。


「驚かせてしまったかな。回復士にも治せぬ肌の病にかかっていてね。言葉も少し聞き取りにくいかもしれぬが許して欲しい」

「あ、いえ…」


 肌の病ってなんだろう?皮膚炎?湿疹、あるいはアトピーとか?

 職業柄、そんなことが気になってしまう。


「単刀直入に言おう。君は勇者候補としてこの世界に召喚されたのだ」

「ゆ、勇者!?私が、ですか?」

「そうとも。まだ候補の1人だがな」

「1人…?」

 

(…やっぱり、これは夢だ。

 きっとまだ寝ていて、目が覚めていないんだ。

 このところレトロRPGばっかりやってたから、こんな夢を見てるに違いない。

 夜勤も続いていたし、疲れているんだ。

 うん、そうに決まってる。

 そうじゃなきゃ勇者って、ベタすぎるっしょ)


「あの、…勇者って、魔王を倒すっていうお約束のアレですか?」

「おお、君は話が早くて助かるね」


 …マジだった。

 勇者といえば普通、魔王かドラゴン倒すってのが定番だ。


「すでに君の前に3人の勇者候補が召喚されている」

「え?3人…?」


(私の他に3人も召喚されてるの?

 勇者が4人もいるってこと?

 ゲームだと勇者は普通、1人なんだけど…)


「既に彼らも了承済みだ。力を合わせて魔族と戦ってほしい」


(ああ、なるほど。候補って、つまりパーティ要員ってことかな。大抵4人パーティーだもんね)


「あの、魔族って悪魔みたいなものですか?」

「君たちの世界ではそう呼ぶようだね。他の3人も同じようなことを言っていた」

「でも私たちの世界では悪魔は架空の存在と言われています。人が創ったイメージが強くて…」

「ほう?それは面白い。君の世界では魔族は人間が創造したということになっているのかね?」


 大司教はくぐもった声で低く笑った。


「しかしここでは実在する。我々の世界では創世以来、人間と魔族が争い合っているのだ」


 ファンタジー要素がますます濃くなってきた。


「魔族は人間よりはるかに強靭な体と力を持っている。この世界の版図の半分は魔族の住む地域だが、奴らは我々人間の版図にたびたび侵攻してくる。魔族の侵略に対抗するには勇者が必要なのだ」


 大司教はローブの袖の中から、占い師が使うような水晶玉を取り出した。その大きさは手のひらに収まるほど小さかったが。


「まずはこの宝玉で、君の能力を鑑定させてもらう」

「は、はい」


 大司教は宝玉をテーブルの上に置いた。

 私は大司教の云う通りにその宝玉の上に手をかざした。


 異世界召喚物の定番としては、召喚された異世界人はたいがいその世界の神様によって桁外れのすごい能力を授けられていたりするものだ。

 さて、どんなすごい能力がついているのだろう?

 大司教のリアクションが楽しみだったりもする。

 しばらく宝玉を見ていた大司教は、驚くこともなく鑑定結果を伝えた。


「ふむ。そなたの属性は聖属性のみのようだ。他の属性はない。使用できる魔法は回復魔法だけで、完全なる回復士ヒーラーだな。レベルは1。…残念ながら能力は最低クラスだ」

「え…」


(最低って、そんなバカな!)


 大司教もフードの奥でがっかりしたように溜息をついた。


「似ているのは姿だけだったようだな…」

「えっ?」

「なんでもない。今後は修練に励むように」


 そう云うと大司教はすぐさま立ち上がって、レナルドに耳打ちし、そのまま部屋を立ち去って行った。まるでもう興味がないと言わんばかりに、振り返りもしなかった。


(異世界召喚されたのに、チートもなしって、どういうこと?

 話が違うじゃない!

 この世界の神様ってばどうなってんの?)


 ボーゼンとする私にレナルドが声をかけてきた。


「大丈夫、最初はそんなものですよ。訓練をすれば能力は上がっていきます。あなたは異世界人なのですからきっと秘めた力があるはずです」


 彼はそう云って励ましてくれた。

 自分にまだ可能性が残されていると知って、正直ホッとした。

 修行でメキメキ上達していくタイプなのかもしれない。 

 彼の言葉に励まされて、ようやく顔を上げた。


 応接室を出て、延々と階段を上った先の個室に案内された。


「今日からはこのお部屋をお使いください」


 その部屋は少し古いけど、広くて立派だった。

 リビングにはドレッサーや豪華なソファもあり、奥にはベッドルームもある。

 さすがにお風呂はなさそうだけど、洗面台はついている。

 レナルドによれば、この建物は大聖堂と呼ばれる歴史ある建物だそうだ。

 私が召喚された場所は一階にある礼拝堂で、その上階には大勢の信徒が暮らしているそうだ。地下には信徒らが身を清めるための沐浴場と大浴場があり、人の少なくなる夜になら使っていいと云われた。


「何かあればそこの呼び鈴をお使いください。侍女が参ります」


 そう云って彼は去った。

 侍女がいるとわかってホッとした。

 生活必需品とか、さすがに男性には頼みづらいこともあるのだ。


 部屋の中を見回してみると、この部屋には窓も時計もないことに気が付いた。

 そのせいで今が何時で昼なのか夜なのかもわからなかった。


 クローゼットの中には男女兼用の前開きのシャツやローブ、下着など、何着か服が入っていたので、適当に引っ張り出して身に着けた。


 洗面所もトイレも、水道なんてものはなくて、水の入った大きな瓶から水を汲んで使う。

 この世界の文化のレベルは中世時代というところか。

 リビングに戻り、ドレッサーの鏡をのぞき込む。


「あれ…?」


(私ってこんな顔してたっけ?)


 鏡の中に見慣れない姿が映っていた。

 それはどうみても自分の顔ではなかった。

 顔をマッサージしたり髪をくしゃくしゃにしたりしてみた。

 紛れもなく、自分の顔だった。


(やっぱこれ私だ!

 召喚ってそのまんまの姿で呼ばれるわけじゃないんだ…?

 これじゃ召喚じゃなくて別人に転生したってことじゃない?)


 身長も高くなっていて、元は156センチくらいだったのが、今は170センチ近くはある気がする。

 目線の高さが全然違う。

 よく見ると、鏡の中の自分の顔はなかなかの美少女で、少なくとも日本人の顔立ちには見えなかった。

 元の私は取り立てて美人ってわけでもなく、どこにでもいる普通の日本人女性だった。別に自分の顔が特別嫌いというわけでもなかったが、この鏡の中にいるような、モデルみたいな美少女になりたいと憧れていた。

 色白で睫毛バッサバサ。手足もほっそりと長く、スレンダーな体型で、少し中性的な印象を受ける。

 

(ああ―、なるほど。

 だから大司教も「娘か?」って訊いたのね)


 なにより若返っている。

 実年齢は22だけど、見た目は16、7くらいに見えた。

 この美少女はいったい誰なんだろう?

 そういえば大司教が「似ているのは姿だけか」とか気になることを云っていた。

 誰に似ているというんだろう。


 それにしても…。

 元の自分と違いすぎて、鏡を見ても自分だと自覚するまでに時間がかかりそうだ。

 同じなのは背中の真ん中までの長い黒髪と黒い瞳だけだ。

 元の世界でこの姿だったら、きっと人生変わっていただろう。

 アイドルかモデルのオーディションにでも胸張って応募できそうだ。

 …なんて、お気楽に考えているうちに急激な眠気に襲われ、ベッドに身を投げた。


 冷静に考えてみても、異世界召喚なんて現実にはあり得ない。

 漫画やアニメの世界の話だ。

 しかも勇者になって魔王を倒すなんて、ベタすぎて創造力の欠片もない話だ。


(全部夢だったっていうオチで、気が付くと病院のベッドだったりして…)


 そんなことを思いながら、泥のように眠りに落ちて行った。

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