02 裸の少年少女


 今日も幸せの定時ていじ確認がやってくる。鋼鉄のコンテナにぽつりと一つ、取ってつけたような液晶えきしょうディスプレイが読んでいる。僕は端末たんまつをタッチしてシジディアに「幸せ」であると回答した。


 シジディアによれば選択肢せんたくしの多さは幸せだという。「イエス」「はい」「受諾じゅだく」「OK」4つもの選択肢せんたくしがある僕はきっと4倍幸せなのだろう。


 ちなみに、ボタンを押さずに放置すると、催涙さいるいガスが部屋に充満じゅうまんして半日くらい苦しい思いをするからどれでもいいけれど可能な限り素早すばやくどれかのボタンを押した方が良い。


 そのあとすぐにミッションの要請ようせいがやってきた。今日、僕は仕事をはじめてからすでに16時間が経過けいかしているが「イエス」「はい」「受諾」「OK」のどれかのボタンを押さねばならない。


 シジディアによれば自由主義社会の市民は一日で最大24時間労働をする。色で言えば「ブラック」だと言う。僕らは平均18時間労働なので、色で例えると「純白ピュアホワイト」だと言う。色で例える意味はよくわからないけど、労働時間が短いほうが幸せだというのだからきっと僕はめぐまれているのだろう。


 僕らのミッションは毎日だいたい同じ。仕事は部屋に設置された端末を経由して行われる。ディストピランドは全人類が夢見る完全テレワーク社会。かつて、外の世界はとっても怖いからすべての労働者がテレワークを望んでいた。それを完全に外出禁止にできるレベルで達成したのがディストピランドだと言う。人々の望みを実現するシジディアはやっぱりすごい存在なのだ!


 と言ってコンテナでやることはシジディアから与えられる仕事だけである。仕事は簡単なものが多い。ロボットを操作してなぞ肉のパック詰めを作ったり、青酸せいさんカリ風味のアイスキャンディーがちゃんと充填じゅうてんされているか検査する。基本的に単純作業だ。


 えっ? なんで完璧かんぺきなディストピアなのに単純作業が自動化されていないかって?


 僕たちの人生の目標。生きる意味はシジディアのような完全な人工知能になること。こんな単純なことから完璧にできるようにならなければならないからである。


 そして、仕事が終わるころ。また、新たな通知がやって来る。また仕事なのかとつらい気持ちになるけれど。なんと、シャワーボックスがやってくる知らせだった。ディストピランドのシャワーは予約制。3日くらい前に予約するとクレーンにるされシャワーボックスがやってくる。


 サービスの無償むしょう配給はいきゅうは幸せだという。自由主義社会では、水はもちろんお湯を作るエネルギーさえも対価たいかがいるという。それに、クレーンでシャワーボックスが提供されることもない。自由主義の人たちは一体どうやって汗を流すのだろう?


 グオーン…、ガチャン。


 鉄のきしむ音と共にシャワーボックスがやってくる。僕の住む鋼鉄のコンテナのハッチが開き、細長い鉄の箱が天井てんじょうから降りてくる。


 僕たちは弱いから鋼鉄のコンテナに守ってもらっている。他人、社会、世界。それらはトラブルの温床おんしょうであり、人間にとって害悪がいあく。だから、シジディアが僕たちを隔離かくりして守ってくれている。僕たちはシジディアから「衣」「食」「住」という人間に必要なすべてをもらっているから、僕たちはシジディアに命のすべてでこたえる義務ぎむがあるという。


 これがこの世界のおきてである。


 僕は生まれてからずっとこの生活であり、今まで疑問ぎもんを持ったことはない。だからシジディアの言う通り外の世界も他人もこわいと思っている。だからこそ、今までこんな生活にえていられたのかもしれない。


 …、僕はシャワーにそなえて服をぐ。


 そして、降りてきたシャワーボックスのとびらを開けようと歩み寄る、すると、カチャリと扉が勝手に開いた。


「え?」


 そして、二人は激突げきとつした。僕は今までに触れたことのないようなやわらかい感触に包まれ、咄嗟とっさにその人間をきとめてしまった。細い体。僕のむねの中でうずくまる頭が僕の方を見た。


 シジディアは人をみにくい生物と教える。欲望よくぼうにまみれ、休憩きゅうけい睡眠すいみんをとらないと任務に集中できない僕たちは欠陥けっかんある知性体ちせいたいであり、遺伝子いでんしという不完全な記憶きおく装置そうちぞんする退廃的たいはいてきな存在であると言った。人間はシジディアのような完璧かんぺきで美しい知性体に生まれ変わるべきなのだと言った。そうやって教えられたからずっとそうだと思っていた。


 でも、僕はその子の目を見てとっても綺麗きれいだと思った。完ぺきだった。今まで漠然ばくぜんとしていた「美しい」という言葉をはじめて直感的に理解した。きっと美辞びじ麗句れいくはこの子のためにあるのだ。そして、同時に。人生ではじめてシジディアがうそをついていると感じた瞬間しゅんかんでもあった。


 しばらく二人で見つめ合ったと思う。美しい女の子を僕の腕で抱きとめている。僕にとって、この時間は人生で初めて感じた本物の幸せだった。心臓がどきどきとして、胸が苦しく感じるのに、それでも頭の中はうれしさをたくさん感じる。この状態じょうたいがなんて言葉で形容けいようされるのか知らないけれど、この状況じょうきょうはとても幸せだった。


 それと同時に僕はあることに覚醒かくせいする。


 僕のまたには余計よけいなものがぶら下がっている。その器官にいつもは感じない体の違和感いわかんを得た。ぶら下がっていたそれが今までにない力強い挙動きょどうを示す。


 そして、僕の覚醒かくせい状態に彼女も気づき美しい瞳が僕の視線かられて下についているそれを見つめる。そして、真っ赤になる耳。そのあと、彼女はすぐにぱたりと気絶してしまったのだった。


 グオーン…、ガチャン。


「あっ」


 僕とこの子を残してシャワーボックスが行ってしまった。


 シャワーを浴びてまだ湯気の残る火照った体に、つややかな長い髪。僕と違うふくらみとへっこみ。そんな彼女が無防備むぼうびにも僕にもたれかかる。このまま、鋼鉄の床にこの子を転がすなんてやってはいけないと僕の本能ほんのうがささやいたので、大事にき上げてベッドに寝かせることにした。


 この子を寝かせる。スヤスヤと静かな寝息ねいきに、うるんだくちびる綺麗きれいはだに僕とは全然ぜんぜん違う体の曲線。特に胸の山に気を引かれる。けど、今夜はちょっと寒そうだったので僕は彼女の体に布団ふとんをかけておいた。


 シャワーはもう行ってしまったので、僕も服を着直す。そして、夜のディストピランドは寒い。叩けばベコベコと音のする鋼鉄のコンテナ。断熱だんねつ能力のうりょくは何もなく体が震える、鼻水はなみずが垂れてくるし、さっきまで元気だった股に付いているものもちぢこまって来た。


(布団に入りたい…)


 そうしてベッドの方を見る。彼女の無防備むぼうびな寝顔を見ていると、僕も心が落ち着くのである。しかし、襲い掛かる寒さに抗えるわけではない。


(やっぱり入ってみるか…)


 なんとなく、この子の近くに居たいと思った。でも、ベッドの幅は50センチしかない。強引に布団に入ると密着みっちゃくする体。彼女の体の感触を全身ぜんしんで感じ、生まれて初めてぬくもりを知った。あたたかくて抱きしめたくなる温度。


 この子を大事にしないといけない。僕は本能でさとったのである。

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