第50話「妹とエナジー過剰摂取」

「ヴォエ……」


 俺の隣で妹が美少女にあるまじき声を上げている。美少女であるかどうかは主観的判断だが、俺からすれば贔屓目抜きに見ても可愛い気がする。


 そんな妹が嗚咽のような声を上げているわけだ。


「どうした?」


「昨日電子書籍を買ったんですがね……面白かったんですよ」


「徹夜でもしたのか?」


「ええ、そうです。ちなみに徹夜のお供にエナドリを一〇本くらい飲みました」


「無茶しやがって……」


 エナドリは程々に……そんなことも知らないのだろうか、俺の妹ときたら……エナドリはがぶ飲みすると気分が悪くなるぞ、ソースは俺。


 まあソースが他ならぬ俺なので茜に言ったところで説得力に欠けてしまうな。プライベートブランドのエナドリが安かったから大量に飲んだら気分が悪くなった経験は苦い思い出だ。


「お兄ちゃんの紹介してくれた本が面白いのが悪いんですよ!」


 おっと、俺のせいにするのか? 俺は悪くねえ! とゴネるのは簡単だが、用法用量というものがエナドリにもあるということを理解していてほしいものだ。


「お兄ちゃん、エナドリって甘すぎませんか?」


「甘くないとたくさん飲めないだろう?」


「いけないお薬をオススメするような人のうたい文句みたいですね……」


 とはいえ、茜も飲み過ぎがマズいことは理解してくれただろう。いきなりエナドリを大量に飲むのではなく程々にしておくと言うことが大事なのだ。もっとも、俺はエナドリの飲み過ぎで効き目が薄れてきたので、ここぞと言うときにはエナドリとコーヒー、そして禁断の無水カフェイン錠剤を使用しているのだが……


 というかカフェイン錠剤が安すぎる。その辺のドラッグストアで数百円かければ結構な量が買えるのはマズくないだろうか?


「お兄ちゃん、オススメの飲み過ぎても大丈夫なエナドリって知りませんか?」


「知らないこともないが、自称エナドリは効き目も薄いのでやめた方がいいぞ」


 探せば安いものはある。有効成分が少ないどころかエナドリっぽい缶に入った清涼飲料水は確かにあるのだが。安いものは安いなりの理由があるということだ。


「お兄ちゃんは私がエナドリを飲めなくてもいいと仰る!?」


「エナドリ飲んで作業を続けると品質が落ちるからオススメしないぞ?」


 目が多少覚めるのだが意識レベルは変わらない。眠気がどっと襲ってくるなか意識が混濁したまま眠れない状態で作業を続ける。作業の内容にもよるが下手なことをすると危険性すらある。


 エナドリを飲み過ぎて死亡者が出たという例もあるが、常識では考えられないほど飲んでいたので例外と認めていいのかもしれないが、それでも程々にしておいた方が安心だろう。


「ちなみに何の本を読んでたんだ? ラノベなら一冊読むのに徹夜は必要無いだろう?」


「ふっ……私の活字嫌いを舐めないで頂きたいですね。十五分おきにエナドリでドーピングして読み切りましたよ!」


 エナドリをどれだけ飲んだか効くのは怖いのでやめておこう。栄養ドリンクやエナドリは体によくはないのだが、残念なことに実際飲むと捗るんだよなあ……


「お兄ちゃん、休みたいので膝枕してください!」


「前後関係の一切無い提案をするのはやめてくれないかな?」


 妹はそれでも自説を主張する。


「お兄ちゃんの膝枕があれば余裕で眠れるんですよ! と言うわけでお願いします!」


「しょうがないなあ……」


 俺はソファの端に座った。茜がソファに座り俺の膝に頭を乗せる。言葉通り一瞬で寝息を立て始めた。顔だけだったら間違いなく美少女なんだよなあ……行動が残念すぎる……


 俺は膝の上で眠っている茜の顔を見る。だらしない笑顔によだれが少し垂れそうになっている。まったく世話の焼けるやつだ。俺が世話になることもあるので俺だけが被害者というつもりはない。確かに茜に助けられたこともある。


 三十分くらいして茜は目を覚ましたが、カフェインの影響でやはりぼんやりとしているようだ。


「お兄ちゃんはエナドリをあまり飲まないんですか?」


「時々飲むよ。他はだいたいコーヒーで済ませるかな」


ですか?」


 妹の言葉には確信めいたものがあったので、俺も正直に答える。


「まあその……無水カフェインも少々」


「お兄ちゃん! ズルですよ! 私が地道に飲み物でカフェインを摂っているのに直接かフェンぶっ込むのはズルいです!」


「日本では合法だぞ? 錠剤を買うときに身分証すら必要無い」


「そーいう事じゃないんですよ! お兄ちゃんが私に裏技を隠していたことを怒っているんですよ!」


 理不尽な怒られ方だ。いや、別にそのくらいのことで責められるいわれは無い。クソマズい錠剤を飲んで眠気を覚ますことのどこが悪いというのか?


 というか俺が黙っていたのは茜の健康を気遣ってのことなのだがそんなことを無視している。コイツに無水カフェインを教えたら常用するであろうことが予想できたので黙っておいただけだ。


「はぁ……錠剤を一個わけてやるから一錠飲んでみてもっと欲しいか考えろ」


「お兄ちゃんのお古……ハァハァ」


 この妹、とことん人格が破綻している。困ったものだ。


 俺は自分の部屋の机からカフェイン錠剤を一錠とりだしてから台所で多めの水を汲んだグラスを持って茜のところに行った。


「ほら、飲んで見ろ」


 茜は怪訝な顔をしている。


「どうしてビールジョッキ一杯も水を汲んできたんですか?」


「飲めば分かるよ」


 茜は半信半疑ながらもジョッキと一錠を受け取り口に入れた。途端に目を白黒させジョッキの水をがぶ飲みした。


「なんですかこれ……」


「お望みの無水カフェインだよ? 不味いだろう? だからやめとけって言ったんだよ」


 そう、無水カフェインは不味い。渋みと苦味を凝縮して催吐剤を混ぜたんじゃないかという味がする。そう言う意味では俺はそれを最終手段として使っている。


「お兄ちゃん……何事も楽はできないものですね……」


「そうだな」


 妹は結局、楽してメリットだけを享受できる安易な方法が無いことを学習して、少しだけ成長したのだった。

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