第12話「妹は兄妹の写真を撮りたい」

「お兄ちゃん、帰りますよ!」


 そう言いながら俺の手を引く茜、いつものことなので兄妹が揃っているのを見慣れてしまって教室の中は平和が極まっている。もう少し気をつかっても良いんじゃないかと思うものの、妹というのはそういうものなのかとも思う。世間一般の妹基準が分からないので俺には判断が付かない。


「お、お兄ちゃん……」


「なんだ?」


 茜がモジモジしながら上目遣いで俺を見てくる。珍しい反応だ、いつもならグイグイ来るタイプなのでこうも腰の退けた対応は今までも滅多になかった。


「いえ、呼んでみただけです」


 そう言って俺の手を引きながら校舎を出て行く。顔が赤いような気がするのは気のせいだろうか?


「なあ、何か言いたいことがあるんじゃないのか?」


「え、ええ……その……お兄ちゃんと一緒に写真を撮りたいなって……その……少し思ってしまいまして」


「写真? 別にいいけどそんなことか?」


 案外簡単なお願いだったので逆に驚いてしまった。そのくらい別に構わないだろう。


「で……でしたら……一緒に撮りましょう!」


 そう言って俺の肩に手を回し、体を密着させてスマホのインカメラをこちらに向ける。


「二人で撮るのか……」


 茜は俺に顔を寄せて撮影ボタンを押した。パシャリと言う音がしてスマホに画像が保存される。


 そのスマホを宝物のように抱きかかえて茜は俺に言う。


「ありがとうございます! ずっと宝物にします!」


「そんな大層なものでもないだろ」


「大したものですよ! お兄ちゃんのスマホにも送っておきますね!」


 そう言ってスマホを操作すると俺のスマホが反応して『宝物.jpgを受信しますか?』と表示された。俺はそれを許可して写真を受け取った。そのファイルを開いてみると俺の顔と茜の顔が大写しになる。自分の顔を見るというのは正直なんとも言えない気分になる。あまり長く見ていたいとは思えないな。


「お兄ちゃん、そんなに嬉しそうじゃないですね?」


「そりゃな、自分の写真を見て喜ぶのはよほどのナルシストだけだろ」


 あまり顔に自信のないタイプなので長い間見ているとさらし者にされているような気分になってしまう。一方茜の方はうっとりした様子で写真を眺めていた。


「そんなに嬉しいのか?」


「当然ですよ! 隠し撮りじゃないお兄ちゃんの写真で同意の上で一緒に撮ったものが貴重じゃないわけないじゃないですか!」


「隠し撮りが当たり前のこととしているのはもう少し考えた方がいいぞ」


 こいつはコンプライアンスという言葉を知らないのだろうか? 隠し撮りについてはスマホがシャッター音を立てるので気がついてはいるのだが、四六時中鳴る音に反応していられないので諦め気味だ。言って聞かないんだから俺が我慢するしかない。


「お兄ちゃんへの愛故にってやつですね! 何にしても今日の写真は大事にしますよ!」


「そうか、まあばらまかないなら好きに使っていいがな」


「いいんですか!? 好き放題使っちゃいますよ?」


「使うの範囲がどこからどこまでか話し合おうか?」


「いえいえ、私はきちんと品行方正に美しい思い出として保存しておくだけですよ? 決してディープフェイクでお兄ちゃんの顔を好き放題しようとか思ってないですよ!?」


「マジでそういう使い方はやめろよ? 頼むからな!」


 茜は頷いて了承したという態度だが決して口約束さえしないあたりが信念を感じないでもない。そっち方面の信念は無い方がいいとは思うのだが……


「まあまあ、ジョークですよ! 私とお兄ちゃんという何も足さない何も引かない完璧な写真を編集するはずないじゃないですか!」


「微妙に信用できない発言だな」


「お兄ちゃんは妹への信頼感が足りませんよ!」


 この前妹になったばかりだからなと言いたくもなったが、言ってしまうと取り返しが付かないような気がしたので黙っておいた。少なくとも今は家族なのだから昔のことをとやかく言うべきではないだろう。


「お兄ちゃん……」


「なんだよ?」


「大好きですよ! とやかく言っても私のために動いてくれることとかね!」


「まるでお前の駒みたいな言い方はやめてくれるか、俺はちゃんと自分のしたいようにしているだけだよ」


「そういうことにしておきましょうかね! お兄ちゃんはそこら辺素直じゃないですよね?」


「俺は正直が取り柄なんだがな……」


「お兄ちゃんの素直じゃないところも好きですから安心してくださいね!」


 どこがどう安心なのかは不明だが、その言葉に心地よさを感じる自分がいたのだった。

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