第38話 手紙

「二人ともご苦労。しっかりくたびれきっているようだな」

 スレイはバルバスとシゲルに声をかけた。バルバスは普段と変わらない様子で立っているが、シゲルは執務室の床に座りこんでいる。

「えぇ。お任せ頂いているツェツェ砂漠の緑化事業における市中の住民の糞尿運搬の件で、この数日、国内の調査を進めておりますが、シゲルにとっては頭に入れていく情報量が多すぎて、精神的な消耗が激しいのでありましょう。シゲルの体力は私などより高いはずですが、毎日この通り、夕方には疲れ切ってしまう様子です」バルバスはスレイとシゲルを交互に見つめてそう言った。

「すまねぇ、バルバスさん。ふがいねえが、オレは単純な体力仕事より、こういった仕事の方が疲れてしまうみたいだ」シゲルは言う。

「ですが、この世界とイルゴル王国をまるで知らないシゲルだからこその着眼点がありまして、シゲルは優秀な助手であります。シゲルから見たこの世界の感想は私に多くの、今までとは違う視点をもたらしてくれています。また、荒くれ者への対応も任せられますし」バルバスは淡々とスレイに報告する。シゲルはそれを聞き、床に落としていた視線をバルバスに向け「へへっ。ありがとよ。バルバスさん」と言った。

「ふむ。そうか。それは良い話だな。この件は性急に進める事が難しいと思っている。引き続き任せていいか、バルバス」スレイは言う。

「もちろんです。お任せください」バルバスはスレイに一礼し、シゲルはそれに同意するようにスレイに目を向け、左手を軽く上げた。


「さて、オマエたちが今日、市中を歩きまわってくれている間に、この部屋に手紙が届けられた。ヨルムという商人から私宛に届いたのだが、正確にはシゲル、オマエ宛の手紙だ」スレイは左手の人差し指と中指の間に一通の封筒を挟んで立てて言った。

「へっ?オレ宛て?誰からだって?」シゲルは自分の鼻を指すように指を曲げてそう言う。

「さぁな。私も中は見ていない。自分で確かめるのがいいだろう」スレイはいつもの椅子に座ったまま、シゲルに手紙を取りにくるよう促す。

「この国に手紙をくれるような知り合いなんていないけどな。ヨルム……?誰だそりゃ」シゲルはスレイに近寄って封筒を受け取った。薄茶色のその封筒は蝋で封がされている。シゲルはいぶかしげにその封筒を観察し、そして、おもむろに指でその一端を破り始めた。すぐにバルバスがそれを制する「ナイフを使え、シゲル。中の手紙を破いてしまうぞ」と。


 シゲルは立ったまま、手紙を何度も読み返している。眉をひそめたり、少し口角を上げたりと表情をくるくる変えながら読んでいる。

「誰からの手紙だ?」そんなシゲルの顔を見ながら、スレイは訊ねた。

「あ、あぁ。トーマから、だ」シゲルは答える。

「トーマ、か。よく分からんな。『トーマ達から』ではなくて『トーマから』というのも不思議だし、ヨルムという商人とのつながりも分からん。そして、シゲル、オマエのその色んな感情が出ているその表情も興味深い。差し支えなければ内容を教えてくれるか?」スレイは生まれた疑問をそのままシゲルに伝えた。

「もちろんだ。何も隠さなくちゃいけない事なんて書かれていないし、これをそのままスレイさんに読んでもらっても構わないんだが……。どうやら、シンノスケとタカコによる合体魔法で、簡易な転移魔法ってのをアイツらは得たらしい。その魔法を発動させて、あいつらはネフト王国に一瞬で帰ろうとしたんだと」シゲルはスレイを見、そしてバルバスにも目を向けてそう言った。

「で、その魔法は成功したようなんだが、その魔法が発動する瞬間に、トーマはその簡易な魔法陣からつんのめって出てしまって。トーマ一人だけが森の中に取り残された、と」

「ほぉ」と、スレイは声を上げた。バルバスはじっと黙ってシゲルの話を聞いている。

「地図はたまたまトーマが持っていたから、とりあえずアイツはあの地図に描かれた人間族の村を目指して街道を歩いていたらしい。すると、人間とエルフと獣人からなる盗賊に襲われているイルゴル王国の商隊を見つけて、そのヨルムさんたちイルゴル王国の商隊を助けたんだそうな」

「そうか。それはトーマに感謝せねばならんな」スレイは嬉しそうにそう言った。

「それで、その商隊に紙を分けてもらって、この手紙をその商隊に預けたって事らしいんだが。スレイさん、そこの本棚には【異種族間交流】って本があるのか?」

 ピクリとスレイの眉が動く。「なぜ、その手紙を読んでいて、それを突然言いだすのだ?シゲル」いぶかしげにスレイは言った。

「あるんだな。スレイさん、その本を開いてみてくれないか」シゲルがそう言うと、すぐにバルバスが本棚に向かって行き、一冊の本を引き抜いて、スレイに手渡した。

「その本の中には栞みたいに一枚のメモが挟んである、違うか?」シゲルがスレイに本の中をあらためるように促す。

「むぅ……」スレイは驚きを隠さずにそううめいた。


 スレイが手にしたメモには【適材適所で皆が幸せになればいい。いつかニンゲンともそんな共存が為る事を目指すのだ。――スレイ】と書いてある。

 そして、その下には【オレもそう思うよ。トーマ】と書いてあった。

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