第24話 バルバス

「バルバスさん、すまねえな。付き合ってもらっちゃって」

 石畳の道の上を荷車を引きながらシゲルは言う。

「構わん。オマエは私が預かった部下であるし、これだけの装備をニンゲンに譲渡する事になるのだ。目付け役は必要だろう」

 シゲルと歩調を合わせて隣を歩くバルバスは、大柄な体躯のシゲルを見上げて言った。バルバスの身長はシゲルの半分ほどだ。

「バルバスさんにとって、人間は憎いものなんだろう?」

 シゲルはポツリと呟く。目線は前方に据えたまま、バルバスに顔は向けずに。荷車の木製の車輪が石畳の凹凸で跳ねる度に、荷車の上から金属音が鳴る。白い布で覆われているその下にはシゲルの仲間七人分の装備が載っている。バルバスはシゲルの問いにすぐには答えない。夕方の王都の道はシゲルが見た朝市の活気からは数段劣るものの、それなりの往来があった。シゲルは行きかう様々な種族の往来を眺めながら歩く。フードを目深にかぶり、マントで背面を隠す格好でシゲルは淡々と歩みを進める。

「サマイグ鉱山にはゲェズという名のゴブリン族の友達が働いていたのだ。前回のニンゲン族の襲撃の際に死んだと聞いた」

 シゲルは荷車の持ち手に力を込める。下唇を噛み、眉を小刻みに動かし、目を伏せる。

「『オマエらは武器を取りに行け』と仲間に言いながら、ショベルで襲撃者に立ち向かったとスレイ様から聞いた」

 バルバスの告白を聞き、シゲルは目を見開く。そしてすぐに力を込めて目を閉じる。

「バルバスさん……オレは」

「勇敢に戦ったのだと聞いた。それは誇らしい。だが、生きてもう一度会って、バカ話をしたいものだとも思う」シゲルの言葉を遮るようにバルバスは言う。「スレイ様はおっしゃったのだ。『血で血を洗うような憎しみの連鎖はどこかで断たねばならない』と。『命ある者の可能性を信じたいのだ』と」

 シゲルは言葉を失い、ただ足を前後に動かしている。

「スレイ様は戦で何かを奪ったり奪われたりというのを嫌う。世にある優遇や不遇というものも嫌っていらっしゃる。それぞれの個性が最も輝く場所で、それぞれの得手で他者の不得手を補い合う適材適所で生きられる世を作りたいと考えていらっしゃる。そして、適材適所での他者との出会いで生まれる奇跡の様な輝きが沢山生まれればいいと常に考えていらっしゃる。……。シゲル、オマエを私の下につけたのはスレイ様だ。スレイ様は私がニンゲンやシゲル、オマエを憎む事を望んではいない」


 渇いた風が吹いている。シゲルとバルバスは無言で歩く。いつの間にか石畳は途切れ、土の道の上で荷車はガラガラと音を立てている。小さく金属音を立てる布の下の荷物。歩幅は大きく違うが二組の靴が同等の速度で前に進む。大きな歩幅の靴の足跡の間にはポツリポツリと水滴の跡が滲んでいる。


 シゲルは目深にかぶったフードをより深く、引いた。

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