第12話 嘆きの石

「ニホン……、ニホンとはなんだ?」

 リュウキの口から出た言葉にスレイは戸惑いを隠せないでいた。「キミ達はネフト王国……、ネフト王によって統治されているニンゲンの国から我が国に差し向けられた襲撃者、そういうことでいいのか」スレイは確認の為にリュウキにそう聞いたのだった。陽動として鉱山ふもとを襲ってきた軍はネフト王国のものであった。それを知っているスレイにとって、この質問はスレイなりの会話のリズムをとるような、リュウキの口から肯定の言葉を引き出す為だけの確認作業であった。にもかかわらず、リュウキの口から漏れ出たのは「オレ達は日本に帰りたいだけなんだ。ネフト王に従っているのはそのためだ。そのためだけなんだ」という、スレイには理解できない内容だった。


「リュウキくん。ニホンとはいったい何の事だね? ニホンという集落から、キミ達はネフト王に拉致された……、といった具合に聞き取れたのだが、合っているかね? 私はニホンという集落の存在を知らないのだが」

「日本という国があるのさ。ネフト王国よりも、貴様らのこの魔王国よりもはるかに高度な文明の国がな」

「魔王国……、極めて心外な呼称であるが、それは一旦置いておこう。そのニホンとやらはどこにある国なのだ?」

「わかんねーよ」

「何?」

「それが分かったら、そこに向かってる。分かんねーからネフト王に従ってるんだ」


 リュウキが何を言っているのかまるで理解できないと言わんばかりにスレイはバルバスに視線をやった。バルバスも軽く首を左右に振る。『リュウキが何を言おうとしているのかさっぱり分かりません』といったジェスチャーだ。


「はるかに高度な文明、と言ったが、そんな国がこの世にあるのなら、私の耳に入ってきていないハズはないのだ。私の立場でそんな情報を聞き逃すハズはない」

「そりゃあまぁ、この世ではないからな」

 スレイの正直な感想を聞いてリュウキは事も無げにそう言った。

「どういう事だ」

「オレ達は異世界……この世界とは違う次元にある日本という国から連れてこられた人間なんだ」

 スレイは目を閉じ、額に右手の指先をそっと当てる。目の前にいるリュウキという男の発する言葉を咀嚼し、理解しようとしている。バルバスのペンを走らせる音と松明が小さく爆ぜる音だけが地下空間に響いている。


「この表現が合っているのか間違っているのか分からないが。私が幼少期に親しんだ架空の物語に、別の次元の強大な力を持つ存在を魔法陣を使って召喚するといったものがあった。その姿は我々にとって未知であり異形であり恐怖そのものであったと、その物語には記述されていた。キミ達が、その未知であり異形であり恐怖そのものである召喚された別次元の強大な力をもった存在だということか」

 スレイはゆっくりと、ありえない事だと自嘲的にすら聞こえる口調でリュウキにそう聞いた。

「お前たちの世界の物語なんてオレは知らないが、別の次元の存在を召喚するというのは合っている。その通りだ。迷惑な話だが、オレ達はネフト王国の術師団によって召喚された異世界の人間なのさ」


 スレイはバルバスに目配せを送る。バルバスは小さく頷く。『理解出来ないなりに、しっかりと記録はとってあります。私も理解は出来ていませんが、聞いた内容を漏らさず記録は出来ています』という意思を乗せてバルバスは首を縦に小さく振った。


「次に問おう。なぜに鉱山を襲撃などしたのだ? キミ達九人で落とせるそんな算段があって、ネフト王国に命じられたという事か?」

 スレイは努めて怒りを抑え、冷静にリュウキに質問を投げかけた。

「鉱山? 鉱山とはなんだ?」

 リュウキはきょとんとした顔でスレイに聞き返す。バルバスの目にはスレイの額に滲む汗が見えた。

「サマイグ鉱山、貴様らが我々に捕えられた場所だ。いちいちイラつかせないでくれ。そこはとぼけても仕方がないだろう」

「あぁ、サマイグダンジョンの事か」

「ダンジョン?貴様らはサマイグ鉱山の事を迷宮ダンジョンと認識しているのか」驚きと呆れを隠す事も出来ずにスレイは言った。

「まぁ、いい。ならば、そのサマイグダンジョンに貴様らが魔法陣で転移してきて襲撃をしたのは、正面の陽動とわずか九人の内部襲撃で陥落させられると踏んだから、という事か?」

「……陥落?そんな目的なんてないさ。魔石を拾って経験値を稼ぐのが今回の目的だった」リュウキはポツリと言い放つ。特に何も考えていないといった様子に見える。

「魔石……? 経験値……? いったいなんの事だ。何を言っている?」

 スレイはそう言いながら、思わず目の前の鉄柵を掴む。

「魔物や魔族を倒したら、額とか胸の皮膚の下にポコッて石が出来るだろう?オレ達はアレを魔石と呼んでいる。あの魔石から魔力を得る事で経験値のポイントを貯めてレベルアップしなくちゃならないんだ、オレたちは」

 それを聞いたスレイは鉄柵を握ったその指の爪を手のひらに突き刺す程に強く握りしめた。バルバスはその山羊の横長の瞳孔をゆらゆらと歪ませるほどに動揺し、脇に控えていたオーク兵は憤怒の表情を浮かべて大きく鼻息を吐いた。


「ニンゲンよ……。貴様らが魔石と呼んでいるそれの事を我々は”嘆きの石”と呼んでいる。やり残した事があった者、愛する者の幸せを確信出来ないままに死んだ者、失意や後悔の念を抱えたまま殺された者の身体に生成されるそれらを我々は嘆きの石と呼んでいるのだ。嘆きの石を纏った遺体は丁寧に埋葬され、手厚い鎮魂の対象となる。嘆きの石とは、満足ゆかぬ死、納得できない死の象徴なのだ。それをなんだと?それを拾い集める為だけに貴様らは同胞を虐殺したというのか!」

 深く大きいゆっくりとしたスレイのその声はこの地下牢獄に、地響きの様に隅々まで響き渡る。

 自身の血と涙と鼻水のにおいと味を、嫌という程に、スレイとバルバスとオーク兵は味わっている。

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