紫陽花の咲かぬ六月は

野田 琳仁

紫陽花の咲かぬ六月は

「傘」

――やっぱり僕は、雨が嫌いだ。


 あのときの僕は、まだ雨が嫌いだった。濡れるのは嫌で、じめじめしたのも嫌いで、なにより、どんよりとしていて生ぬるい。あの空気がどうしても好きにはなれなかった。しかしまぁ、どんなに嫌だとしても雨は降る。そんな雨が降る六月。僕は傘を忘れた。――どうしようか。と昇降口に佇んでいると、「傘」と一言後ろから。少しだけ後ろを向いてみた。

「傘、忘れたの?」

「いや、まぁ、うん……」

 これが陽菜ひなとの初めての会話だった。別に濁す理由も無いのだが、反射的に言葉を濁す。傘を持った彼女は少し考えてから「はい」と言って僕に利き手を差し出した。

「――え?」

 と、その手を見てから目を合わせる。すると、なにかため息をついてその手を僕の胸に突き付けた。

「ほら、傘」

 そう言って突き付けられたその傘は、閉じるためのボタンがすでに外されていた。「いやでも――」と言おうとすると「いいから」と言って無理矢理傘を僕に持たせて帰っていってしまった。予備の折り畳み傘は持っていない様子で、勿論彼女の傘は僕が持っているので、彼女は雨に濡れながら走っていった。一方的に貸してしてきたとはいえ、そのために濡れて帰っていったのを考えると申し訳ないのだが、そんなことを考えつつも傘を差した。傘はカラフルな水玉模様があって、普段モノクロームに映る雨の日を、そこだけが鮮やかに彩ってくれていた。

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