「私の顔になにかついてる」

 不思議そうに尋ねられ、彼方は、白い長袖のワイシャツに紺色のジーンズを着た、ほっそりとした姉を見つめる。元の顔の形が整っているうえで痩せ型になった姉には、もう白い畜生の名を当てはめることはできそうになかった。

「いや、いつもどおりだ」

「だったら、見ない方がいいんじゃない」

 見ていても得なことなんてないんだし。そう言いながら、姉は顔を逸らし、再び天をあおぐ。今の表情は年頃の女性のもので、先程幻視した幼さはどこにもうかがえない。姉はすぐそばにある糸杉の辺りを見上げていた。

「なにが見える」

 なんとはなしに彼方は問いかける。皮肉だと思われるかもしれないという危惧がないではなかったが、おそらく姉はこちらの声音から悪意を読み取りはしないだろうと決めつけた。

「なんなら描いてみようか。案外、自分の耳を切った画家みたいに描けるかもしれないし」

 そう言って、姉は口の端をゆるめてみせる。一見、機嫌が良さそうであるが、目の色が変わっていないあたり、実のところ気分を害しているのかもしれない。

「やる気があるんだったらいいんじゃないか。俺も見てみたいし」

 以前調べた時に何かの本で、姉と似た症状の人物が美大に進んだという話を読んだのを覚えていたため、彼方としても、冗談で言っているわけではない。ぱっと思い浮かべてみると、その体質からどことなく神秘的な外見をした妙齢の女性がキャンバスを前に絵筆を握っている姿は、様になりそうだった。

 しかし、姉はゆったりとした動作で首を横に振ってみせる。

「冗談よ」

 表情を消した姉は、目を軽くつむりながら、掌を弟の方へと差しだす。

「さあ、連れてって」

 目の前にある白磁の指先を壊れないように握ってから、彼方はゆっくりと姉の手を引いて歩きだした。長く伸びている糸杉の影に飲みこまれたままでいるのがなんとなく嫌で、さっさと飛びだしたいと願う。思いとは裏腹に、道の先には先程傍らに生えていたものほどの高さではないものの、何本もの糸杉が道路の脇に延々と並んでおり、まだ、少々時間がかかりそうだった。この手の抜けだせなさには、なんとはなしに身に覚えがある

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