第21話 作戦会議

「なら紹介しておく。彼女は相棒のシルヴァ。いつもなら依頼人との仲介や情報収集を担当している」


 カークウッド――〝人形師ドールメーカー〟は連れてきたメイドに視線を向けた。シルヴァは優雅な動作でお辞儀をしてみせる。


「初めまして皇女殿下。〝人形師〟の相棒のシルヴァと申します」

「〝人形師〟?」オフィーリアは不思議そうに聞き返す。

「こいつが勝手につけた通り名だ。仕事上のな」


 〝人形師〟がつまらなそうに答えた。その様子から、本人は気に入っていないのがよく分かる。


「殺した人間は外傷もなく、一見すると生前と変わらないまま。その死体はまるで人形のよう……我ながらいい通り名だと思うんだけど。皇女サマもそう思わない?」


 挨拶のときとはうって変わって、砕けた調子でシルヴァは言う。


「え? そ、そうね」


 暗殺者の通り名の善し悪しなど、オフィーリアには分かろうはずもない。思わず適当に答えてしまう。


「で、誰を殺せばいい? マーコムか? キーランか?」

「は? ちょっと待って。いきなり殺すって。それもキーラン皇子を?」


 唐突に出た「殺す」という言葉にオフィーリアが慌てる。しかもその相手にキーラン皇子の名前が出れば尚更だ。皇子の暗殺というだけでオフィーリアの心はざわめいた。八年前の事件を思い出すからだ。


「〝俺〟を雇うというのはそういうことだ」


 しかし〝人形師〟は冷酷に言い放つ。彼を雇うことで、オフィーリアには自分が生き残るための光明が見えた気がした。だがよく考えればそれは相手を殺すという選択肢が目の前に現れたに過ぎない。


 ――買収ですか? 殺される前に相手を殺そうと。

 ――そういうわけじゃ……。

 ――暗殺される立場としては、悪くない交渉だと思いますが。


 以前に交わした会話が思い出される。カークウッドに、いや〝人形師〟に雇えないかと聞いたときのものだ。


 ――貴女が踏み込もうとしているのは、こういう世界なんですよ? 覚悟がないのなら離宮で大人しく震えていることですね。

 ――わ、分かってる。殺されかけたんだもの。綺麗事が通用する世界じゃない事ぐらいわかって……る。


 これは王宮にあった尋問室での会話だ。

 いまのオフィーリアは梨愛あたしの人格に引きずられているが、彼女が生きているのは命のやりとりが当たり前にある世界なのだ。殺される前に殺す。それが普通に行われている世界。

(でも――)オフィーリアは考える。(望んでいるのはそういうことじゃない)


「あたしはもっと自由に生きたい」

「?」


 突然の告白に〝人形師〟は顔をしかめる。


「このままいけばキーラン皇子が皇帝になってしまう。そうなるとあたしは殺されるか、一生離宮ここに閉じこめられる」

「……だろうな」

「でもキーラン皇子を暗殺できたとしても、あたしは自由にならない」


 キーランを亡き者にしたとしてもイルマが生きていなければ、帝位を継承できる皇子は不在となる。マドックの話が本当なら、今度はオフィーリアが担ぎ出されるだろう。

 もちろん嫁いだ姉たちの所から養子を迎える話も出るだろうが、オフィーリアにも間違いなく婿をとらせるだろう。〝死なずの〟オフィーリア。彼女の体に刻まれた傷跡を〝聖痕〟になぞらえる者たちが。そして彼女が息子を産もうものなら、繁栄の象徴として帝位につかせようと躍起になるだろう。

 そこに、オフィーリアの自由はない。

(せめてイルマが助かれば――)

 そこまで考えて、オフィーリアはあることを思いついた。


「ねぇ。構成式とやらを壊せるんなら、逆になおすことはできないの?」

「今度はなんだ? 話が見えない」


 オフィーリアは先程考えていたことを〝人形師〟に話した。自分が自由であるためにはイルマが生き延びて、皇帝になることが最も望ましいと。


「だからイルマの病気をなおせないかなぁ……って」


 〝人形師〟はじっとオフィーリアを見つめていた。その反応のなさに彼女の語尾もしぼむ。おかしなことを言っているのだろうか。


「尋問室の時もそうだったが、希に頭が回るようになるな」

「は? それってどういう――」

「褒めているんだ。お前は存外、自分の立場を理解している」


 〝人形師〟の言葉にオフィーリアは口を閉ざす。


「だが病気の件に関しては的外れだな。前にも言ったように構成式とは設計図のようなものだ。肉体と結びついてはいるが、あくまで〝存在の形〟を示しているに過ぎない。構造式を代償に治癒できるお前は例外中の例外だ」


 病気や怪我は肉体の損傷であり、構成式に異常が起こっているわけではない。肉体は構成式に沿った〝存在の形〟になるよう、自己治癒しようとするのだ。逆に言えば構成式の一部を壊し〝存在の形〟を変えることで変化を促し、肉体の機能を失わせることは可能だ。


「それに俺にできるのは構成式を壊すことで、再構築はできない」

「無理……なのね」


 オフィーリアの表情が暗くなった。正直、〝人形師〟の持つ力というものをよく理解できていない。しかし無知故の期待があったのも確かだ。

 そんなオフィーリアを見て〝人形師〟はため息をついた。


「本当にお前は賢いのか馬鹿なのか分からん奴だな」

「貴方ねぇ。さっきから褒めたり貶したり、あたしのことからかってるの!?」

「正直な感想を述べたまでだ」


 そんな二人の様子を見て、シルヴァがくすりと笑った。


「なんだ?」

「いや、アンタが誰かと楽しそうに話すのって珍しいなって思ってね」

「楽しそう!? 馬鹿にしてるの間違いじゃなくて!?」


 シルヴァの言葉にオフィーリアが疑問の声を上げた。


「楽しくはないが、少なくとも退屈はしないな。そんなことよりもイルマの件だ。お前は覚えていないか? あの時マドックが言った言葉を」

「?」

「司祭の治癒魔術は効かなかった。そして司祭は言ったのだろう?」


 ――だから殿下のあれは、普通の病気ではなく未知の魔術によるものではないかと。


「イルマの病気は魔術によるもの」

「そうだ。もし本当にそうなら魔術の術式によって〝存在の形〟を歪めている。庭師の精神干渉のように構成式に、無理矢理術式を食い込ませてな。そして魔術の術式なら俺の力で――」

「壊すことができる! イルマを助けることができるのね!」

「あくまで可能性の話だ」

「なら決まりよ。貴方への依頼はイルマを助けること。よろしくねカークウッド。あ、本当は〝人形師〟なんだっけ?」


 そう言ってオフィーリアは手を差し出した。〝人形師〟は最初、驚いたように差し出された手を見ていたが、すぐにニヤリと笑った。


「貴女に仕えている間はカークウッドでお願いします」


 〝カークウッド〟は跪くと、オフィーリアの手を取って甲へ口づけをした。突然のことに驚いてオフィーリアが硬直する。


「な、な。いきなりなにするのっ」

「貴婦人への挨拶をしただけですが……貴女が手を差し出したのですよ?」

「あ、あたしは握手しようとしたのよ!」


 顔を真っ赤にしてオフィーリアは叫んだ。

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