第12話 提案と条件
「じゃあ、やっぱりあたしを殺すの?」
「ええ、そのつもりです。ただ今日の襲撃の件で、依頼人不信になっています。それが片付くまでは貴女に手を出しません」
「依頼人不信?」
「庭師の襲撃、あれは私も知りませんでした。私の依頼人以外の仕業……かもしれませんがその点も含め今調べているところです」
「あたしを助けてくれたのは?」
「皇女殿下が私の獲物だからです」
涼しい顔でそう言い放つカークウッド。オフィーリアは改めて、彼は自分の味方ではないと思い知らされる。
「貴方の依頼人が誰か……は教えてくれないわよね、さすがに」
「ええ。ですが今回に限って言えば、教えたくとも無理ですね。依頼は代理人を通してだったので」
「誰だか分からないの?」
「はい。だから余計に不信感が募るのです。皇女殿下は自分を殺そうとする相手に心当たりはありませんか?」
「あ、あるわけ……ない……こともない、かな」
「どっちなんですか」
カークウッドが呆れたように言う。それを見てオフィーリアは呆れたいのは自分の方だと心の中で思う。殺す相手に訊くようなことではないだろう、と。
「ねぇ……あたしが貴方を雇うことは可能?」
オフィーリアから出た意外な言葉に、カークウッドは「おや」という表情になる。
「買収ですか? 殺される前に相手を殺そうと」
「そういうわけじゃ……」
オフィーリアが俯いた。カークウッドを雇うと言ったのは、咄嗟の思いつきだった。深く考えてのことではない。
「暗殺される立場としては、悪くない交渉だと思いますが」
「じゃあ」オフィーリアが顔を上げる。
「お断りします。私が受けた依頼は貴女の暗殺ですから」
すげなく断られ、オフィーリアは唇を噛んだ。このままでは自分はいずれ殺される。目の前にいる暗殺者か、別の誰かに。
「ただ……お金の他に魅力的な提案があるのでしたら考えますが?」
冗談めかした調子でカークウッドは言う。
しかしその言葉を聞いてたオフィーリアは、必死になって頭を働かせた。何かないのだろうか。奇妙な拘りをもったこの暗殺者を仲間にする方法は。しばらく手を出さないと言ったこのチャンスをなんとかものにできないだろうか。
――退屈しないと思って、今回の依頼を受けたのだがな。
思い浮かんだのはあの夜の台詞。仮面の男がオフィーリアを殺す直前に放った言葉。
「――させないわ」
「え?」
「あたしが雇ったら、貴方を退屈させないわ」
オフィーリアは挑むような目でカークウッドを見つめる。カークウッドの表情が変わった。そこから感じる雰囲気はあの夜と同じ――
今オフィーリアの目の前にいるのは〝カークウッド〟ではなかった。暗殺者〝
「どうやって?」
机を乗り越えるように〝人形師〟が近づいてきた。鼻先が触れそうなほど二人の顔が近づく。
「ちょっ。ち、近いって」
「どういうふうに俺を退屈させないんだ?」
口調も変わっている。冷酷な表情。だが見惚れてしまいそうなほど整った顔立ちが目の前にある。想像以上に食いついてきた〝人形師〟に、オフィーリアは戸惑いながら視線を引き寄せられてしまう。
「えっと、えーっと……」
「ふん。いいだろう」〝人形師〟が顔を離した。「どうせしばらくはお前に手を出さない。その間に俺をどうやって退屈させないのか考えておけ。それ次第ではお前に雇われてやってもいい」
オフィーリアは体の力が抜けてしまった。椅子から立ち上がれない。それを知ってか知らずか〝人形師〟は立ち上がると部屋を出て行こうとする。
「もし俺のことをバシェルたちに言っても無駄だ。俺が捕まることはないし、必ずお前を殺しに戻って来る」
(ああ、本当にすぐには殺さないんだ)
妙なこだわりと律儀さにオフィーリアは笑ってしまう。それを見た〝人形師〟は驚いた表情になる。だがすぐに面白がるような冷たい笑みへと変わった。
「期待しております、オフィーリア様」
〝カークウッド〟に戻って一礼しすると、彼はそのまま部屋を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます