珍客と囲む男子飯。食卓にこんなハーフ&ハーフはいかが?

黒須友香

第一膳🐹『出会いとお茶漬け』

 突然だが、五分前の自分を問い詰めたい。


「ワイは何してくれちゃったんや?」


 おひとりさま用のちっこい折り畳みローテーブルの上に、プルプルと震えている物体がひとつ。

 まるで、カビた食パンをちぎって丸めて団子にして、さらにハエがブンブンたかっていると言っても過言ではない形態だ。


「なしてこな生ゴミが、ワイの部屋に」


「生ゴミちゃいます、ハムスターです……」


 ハムスターとな。しかも喋った。


 小汚い塊がもそもそと動くと、確かに目? と思われるものが二つある。しかも、生意気に黒ぶち眼鏡までかけている。昔流行ったハムスターキャラの真似か?

 でも頭がはげてるし、絶妙に可愛くない。ペットショップの売れ残りか。


「と見せかけて、本当はハムスターじゃないんです。人間なんです」


 今度は人間だと言い出した。


 金髪ヤンキー青年、北橋きたばし達月たつきはこの五分のうちに起こったことを必死に思い返す。


「そやった。道ばたでこない風に、いかにも哀れでござい~ってな目でプルプル震えながらワイを見上げたんや。そのままバタンキュー。と思たらまたウルウル、またバタン。どう見てもわざとらしゅうけんど、手が勝手に拾い上げてしもたんやー。今日は厄日やー」


「お腹、すきました……」


「水くらいはめぐんでやってもええけど」


「お腹にたまるもの、食べたいです……」


「元気やないけ! うちにはハムスターの餌なんぞあらへんわ!」


「ご心配なく、ほんとにちゃんと人間なので、人間の食料なら問題なく食べられます。ヒマワリの種より白いごはんがいいです」


「贅沢か!」


 拾ったものは仕方がない。冷静に考えると、まずは獣医に突き出す、もとい診せるべきなんだろうが、また「人間なので獣医はいりません」などと言い出しそうだ。

 どうせ自分の飯も用意せなあかんし、と、達月は本日の食材ストックを頭の中に並べてみる。


「茶漬けでええか?」


「いいですね、好物ですー」


「ワイの茶漬けは一味ちゃうで。ボロ雑巾ハムスターの見てくれの自分に……そういや自分、名前なんや?」


「呼びやすいと思うので、とりあえず『ハム』でお願いします」


「そのまんまやな。ワイは北橋達月や。ちびっと待っとれー」


 ハムはおとなしく待つ。やがて、テーブルの上に小鉢と丼がひとつずつ置かれた。



  ◇ ◇ ◇



「こ、これは……!」


 小鉢の中からあふれ出す光を浴びて、黒ぶち眼鏡の奥のつぶらな瞳がキラキラと輝きだす。


「このまばゆいほどにつやつやした光は、温泉卵! それに鮮やかな緑のオクラ! つるつるとしためかぶに、粒ぞろいの納豆! とろっとろの白い山芋、アクセントに真っ赤なキムチ! そしていただきには、すべてを和のテイストにまとめるように振りかけられた、白ゴマに刻み海苔ー!」


「ハムのくせに詳しいんやなー、ハムは」


「これ、『ねばねば丼』とか『ばくだん丼』って呼ばれるメニューですよね?」


「ほんまはマグロも乗せたいんやけど、今切らしてるから堪忍なー。最初はこのまんま食べてもええし、好きなタイミングで白だしかければだし茶漬けや」


「し、白だしの香りがたまりません! よだれ出てきます! いただいてもいいですかっ?」


「いいでー。たんとお食べやすー」


 小鉢にすりよるハムの姿を、達月は興味津々に見つめている。


 どうやって食べる気か。その体では、小鉢の上に登るのも難儀だろう。


 食べたいものをすぐに食べられなくて慌てふためくさまや拗ねるさま、ぶざまに小鉢の中に転がり落ちるさまなどを想像して、抑えきれずに笑いが込み上げる。

 中に落ちたらすぐに白だしをかけてやろう。だし風呂につかりながらねばねばぬるぬるで動けなくなったら、鳴いて助けを求めるだろうか。


「うーん、デリーシャスですー。もう少し食べたら、白だしをお願いしますねー」


 ハムは期待に反し、二本の前足で器用に納豆をつかみ、小鉢の横で可愛らしくハムハムかじっている。


 なんだ、このあざとい仕草は。ハムのくせに、ハゲのくせに、めんこい、だと?


 ハムは納豆やオクラをハムハムし、ごはんをモキュモキュしたあと、白だしを所望した。香り豊かな黄金の液体が注がれる。ぬるめなので、風呂にもちょうどいい塩梅あんばいだ。


「鰹節と昆布の絶妙な深みに吸い込まれていくようです! それに、だしに溶け込んだねばねば成分、ふんわりと踊る山芋。温泉卵の黄身もあふれ出てきました。もうたまりません!」


 小鉢の縁にちょこんと乗って、器用にだしをすするハムを見ながら、達月も自分の丼に箸をつける。


 いつも食べてるメニューなのに。まさか、ハムスターの食事風景に自分まで食欲をそそられるとは。


 それに、いつもはスペースに余裕のあるローテーブルが、今日は狭く感じるほどにぎやかだ。最後に誰かと一緒にここで食べたのは、いつだったろうか。



  ◇ ◇ ◇



「ああ美味しかった。ご馳走さまでした」


 すっかり美味しくたいらげたあと、ハムは小さな両手、もとい両前足を合わせ、噛みしめるように感謝の言葉を述べた。


「素朴な質問、してもいいですか」


 達月が入れてくれた麦茶をすすってから、ハムはつぶらなあざとい瞳で問いかけた。


「僕がこんな姿で喋ってるの、驚かないんですか?」


「そりゃー驚いたけんど。今度はハム語がわかるようになったかなーって」


 達月の様子は、さほど驚いたようには見えなかった。

「僕はハムスターじゃないですってば」と言いながら、ハムはとてとてと達月のそばへ寄ってきた。


「なんだか訳ありみたいですね、達月くん」


「まあなー。行き倒れのハムほどやないやろうけどな」


 二人(?)の視線が合った。大きさの全然違う、二つの視線。訳ありどうしの、奇妙な関係。

 自然と、互いに笑みがこぼれる。


「ワイな。時々妙な力が出てくるんやわ。普通の人間にはない力って意味な。で、そのたんびに少しずつ、いろんなことを忘れてく。今までどんな力が出たのかも、あんま覚えとらんのや」


 ハムは神妙な面持ちでじっと聞き入っている。


「料理の仕事をしてた時もあったみたいでな、おかげで簡単な自炊はできとる。料理も話し言葉も色んな地方のやから、全国あちこち流れてたんやないかって気はしとる。あんま覚えてへんけどな」


 今、このアパートの一室でひとり暮らしをしてるのも、どういった経緯なのかわからないという。


 湯呑み茶碗を持つ右手に、ハムがそっと体を寄せてきた。

 毛並みの感触がこそばゆくて、温かい。


 達月はなぜか、この珍妙な出逢いは、忘れたくないと思った。

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