第一部 箱庭の向こうへ

1.綻びつつあった日常 1/2

 後ろにはほぼ大破した軍用人型兵器が倒れ、前には後ろの機体と同型の機体が二機こちらに銃口を向けている。


 対してこちらは、作業用の二足歩行ワーカーいわゆる搭乗型のパワードスーツだ。

 武器になりそうなのは溶接兼溶断ガンと電磁カッターに高振動ブレード、そして役に立つか微妙な両腕両脚に備え付けられた折りたたみ式の巨大クランプ。


 実際にやるかやらないかを別にしても接近戦闘しか選択肢がない状態である。


 しかし、軍用機の方は、機体の大きさからしてこちらの二倍強なのだ。


 そもそも戦いにならない。


 この直前にワイヤーフックとウィンチで一機沈黙させたのも、不意を打てたからだし、そのせいでウィンチは打ち止め状態。

 というよりウィンチ機構をパージしないと身動きもままならない。


 よく見れば、銃を構えた二機の軍用機の後ろにワイヤーで雁字搦めの機体が一機転がっている。

 銃を構えた二機が、行動不能になった一機の前に移動したのだ。

 今のままでは、パージした瞬間に絶対撃ってくる。


 下手な動きはできない。


 そもそも、一機とはいえ軍用機を作業用ワーカーで戦闘不能に追い込んだことが奇跡なのだ。


 これ以上は無茶の領域だろう。


「後ろのお姉さん、援護するから脱出してください! もう、勝ち目はありません!」


 ワーカーに乗っている青年が拡声器で怒鳴る。


 当然、暫定敵の機体も聞いているだろうが構わない。

 こちらに戦闘継続の意思がないことが伝わればそれでいい。


 返事の代わりに、ワーカーの後ろで小破している機体が起きあがろうと上半身を持ち上げるがすぐに体制を崩す。


 ハンドガンを持っている右手以外の四肢を失っているのだ、バランスが取れないのも当然だ。


 なんで動くかな? ワーカーの上で青年が焦った声を上げる。


「自分は追わないんで見逃してもらえませんかね? そちらも長引かせたくないですよね?」


「何を考えているの! みすみす敵に新型機を奪われるわけにはいかないでしょう? あなた所属は? 利敵行為として報告します!」


 青年の提案に几帳面そうな女性の声が格納庫内に響いた。


 ああもう間違いない。さっき聞いた声だ。


「真木さんでしょう? 鷹揚たかのぶです。 民間人が体張ってるんだから、おとなしく》引いてくださいよ!」


 もう何を言ってるのか自分でもわからない。しかし、知り合いである以上放っておくわけにいかない。


 ——逃げてくれないなら、大人しくしててくれないかなこの人。


 とにかく勝手がわからない。


 今回がなのだ。


「鷹揚君? 民間人がなぜ戦闘に関わってるの? 早く逃げなさい!」


 ここで、暫定敵機の腕が軌道音を発する。

 同時にワーカーが仰向けに倒れ、操縦席があった場所を飛翔物体が破裂音をまとい、音速を超えて通過する。


 考えるまでもない。


 暫定敵機が敵機になっただけだ。

 しかも、容赦なく操縦席を狙ってきた。


 民間人と聞いて組み易しと踏んだのだろう。


 もう一機の敵機が続いて発砲したときには既に作業ワーカーはその場にいなかった。


 作業ワーカーには整備作業の性質上、仰向けで移動できるように背部に駆動輪が取り付けられている。


 鷹揚はそのギミックを利用した。

 そのままワーカーの足を進行方向へ向け、敵機二機に接近する。


 人型機械が寝たまま移動することに驚いたのか、初動が遅れた二機のうち、後から発砲した方の足をけり方向を調整。

 ワイヤーを巻き取る力を初期加速に利用しつつ、ドリフト気味にもう一方の背後へ回り込む。

 手足の大型クランプを展開し、敵機のふくらはぎを腕部のクランプでつかむ。

 慣性のまま脚部が跳ね上がるに任せて逆さになりつつ、今度は脚部のクランプで同敵機の腰部を掴んだ。


 つくづく、シートベルトを留める癖をつけておいてよかった。


 そのまま側転の要領で敵機の背面を上り、高振動ブレードを人間でいう肩甲骨部分に突き立て装甲をはがすと、顕になった予備防壁の周辺に溶接ガンを突っ込み加熱する。


 中から悲鳴が聞こえるが気にしている場合ではない。

 声が聞こえなくなるまで加熱を続ける。


 その時には近接武器への交換にまごついていた最後の機体も、ワーカーを攻撃範囲に収めていた。

 鷹揚は脚部のクランプで機体を保持したままワーカーの両手を上げる。

 いわゆる、降参のポーズだ。


 一瞬、敵機が動きを止めた。

 一瞬で十分だ。轟音が三回響くと、音に合わせるように近接武器を構えた敵機が不格好に踊る。

 やがて、踊り終わった敵機は、そのままうつぶせに倒れて動かなくなった。


「グッジョブ! 真木さん!」


あれ? と思った時にはもう遅かった。世界が倒れたと思った瞬間——何かがひしゃげる音を最後に鷹揚は何も感じなくなった……。

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