第30話 真っ白な一日

 ――昌高は決心を固めた。

 今日はホワイトデー。バレンタインにもらった三都美からの手紙の返事をするために、昌高はプレゼントを持って家を出る。


 昌高が待ち合わせ場所に到着したのは十五分前。だけど暇潰しに手紙を読み返す時間を与えずに、三都美も待ち合わせ場所へと小走りで現れた。

 手を振る三都美が着ているのは純白のドレス。あの日ドレスを染めた赤い血は、綺麗さっぱりとクリーニングされていた。

 息を切らす三都美に、昌高は真っ先に手紙の返事を伝える。


「あの手紙のことなんだけど……」

「うん」

「あの手紙は、見なかったことにしてもいいかな?」


 昌高の一言に、三都美は一瞬で表情を曇らせる。

 そして涙を浮かべながら、薄々感づいている言葉の意味を昌高に尋ねた。


「それって……あたしは、キミの彼女にはしてもらえないってこと……?」


 今にも溢れ出しそうな涙をこらえるために、必死で大きく見開く三都美の目。

 次に発せられる昌高の言葉を恐れるあまり、三都美はわななく。


「ちょっと違う。俺の方からお願いしたいんだ。俺をキミの彼氏にさせて欲しい。そしていつまでも、キミのことを守りたいんだ……」




『ああ、とうとうこの日が来たんだね……』


 キミはここまで小説を書き上げると、ついさっき部屋を出て行った。胸をときめかせながら、この続きは帰ったら書くと言い残して……。

 まったく……今から胸をときめかせてたら、待ち合わせ場所に着くころにはきっとぐったりだよ? 大丈夫かな……。


 『一緒に来て、隣で見守っていてください』ってキミに頼まれたけど、あたしはキミの部屋に残ることにした。物語の結末をあたしも見届けたかったけど、やっぱり今日は……今日だけは、キミ一人で何とかしないとダメなんだよ。

 だからあたしは、喜び勇んで帰ってくるキミの姿をここで待つことにするね。

 キミがこんな小説を書きかけるから、あたしの姿はまるで花嫁じゃないの。早く帰っておいで、ダーリン……なんてね。

 キミが帰ってきたら、ついにこの物語も完結だね。だけど、この程度の中編小説の完結に一年もかけるなんて、キミはどれだけ遅筆なんだよ。


 思い返してみると、出会いから最低の人間だったね、キミは。

 何しろあたしのことを、バスタオル一枚で外に連れ出したもんね。

 結局そのお話はあたしの猛抗議に折れて、書き直してくれることになったっけ。

 新しい小説の主人公はキミ。キミは大真面目で書いてたみたいだけど、小説の中のキミは中二病満載で粋がっちゃって、ギャグ小説を目指してるのかと思ったよ。


 そういえばあたしは、智樹に一目惚れしちゃったんだよね。

 そして、あんなにいい子のリコにだって、対抗心を燃やして毛嫌いしてさ。まぁリコの場合は、ライバルでもあったから仕方ないんだけど……。

 そう考えたら今のあたしの周りの人たちって、みんな第一印象と正反対だ。

 あたしって、人を見る目がないんだね。

 キミも最初はウジウジしてるばっかりで、なんであたしは小説の中でこんな人に恋心を抱かなきゃいけないんだろうと思ったよ。あ、ごめんね。でも、これは当時の正直な気持ちだから。

 でもそれは、ただの第一印象だった。本当のキミはとっても優しくて、とっても勇気があって、そして思ったほどはエッチじゃなくて……あ、やっぱりエッチでした。被害はあたしだけじゃなくて、リコにまで。このド変態!

 だけど、優しくて勇気があったのは本当だよ。やっぱりあたしって、人を見る目がないんだね。


 キミはいっぱいひどいことを言われたのに、それでもあたしを思い続けてくれてありがとう。冷たくされても嫌いにならないでくれてありがとう。キミには感謝の気持ちでいっぱいです。

 クリスマスプレゼントをありがとう。このドレスを着て花束を抱えたあの時のあたしは、おとぎ話のお姫様にでもなった気分だったよ。

 そして初詣では、あたしを助けてくれてありがとう。あの時のキミは弱くて、無様で、頼りなくて……。でも最高に格好良かった。

 あたしはキミにもらってばっかりです。でも何も返してあげられてない。

 ごめんね、せめてこの言葉たちをキミに伝えてあげられればいいんだろうけど、それはやっぱりあたしが恥ずかしい。


 今頃はチョコを手渡してるかな? 市販品だけど。

 でも男の子から手作りチョコを渡されても、感想が言いづらいからね。

 そしてプレゼントも渡せたのかな? クリスマスに渡しそびれたイヤリング。

 キミはこんな大人っぽいので大丈夫かって不安がってたけど、結局あたしが押し通しちゃった。

 でも絶対に大丈夫だよ、なんたってあたしが気に入ったデザインなんだから。

 あたしが選んだプレゼントがあたしの元へ。これじゃ、ただのおねだりだね。

 でもあたしも着けてみたかったな、あのイヤリング。

 そしてキミから直接感想を聞きたかった。現実のあたしが少し羨ましいよ……。


 どうなったかな? 上手くいったかな?

 きっと大丈夫だよね。だって、あたしなら絶対にキミの告白にOKするから。

 それでもキミのことだからって、やっぱり心配になっちゃうね。ここでウジウジするぐらいなら、やっぱり見に行けば良かったかな。

 でも行かなくて正解だよね。いくらキミの相手はあたしだっていっても、やっぱりあたしの方を向いてない告白を見るのは、きっと耐えられないもの……。


 ん? 階段を上る足音が聞こえてくる。

 どうやらキミが帰ってきたみたいだね。それじゃぁそろそろ、あたしもこの世界とはお別れの時間かな……。

 キミは、あたしが世界で一番愛する人になった。だからあたしがキミにしてあげられることは、もう何も残ってないよ。

 小説に戻るのは名残り惜しいけど、あたしには小説の中のキミがいる。あたしの大好きなこの世界の那珂根昌高は、この世界の樫井三都美にお任せするよ……。




『そっかぁ、ダメだったのかぁ……』

「昌高クンはとっても信頼できる親友みたいな感じで、そういうのとはちょっと違うかな、だそうです……。プレゼントは気に入ってくれて、その場でつけてみせてくれたんですけどね……」


 キミはガックリと肩を落として、この世の終わりのような表情。自信たっぷりに出ていったもんね、キミは。

 でもね、本当はダメじゃないんだよ。あたしにはわかってる。なんたって、あたしは三都美自身だからね。三都美はたぶん照れ臭かっただけ。こう見えて、結構シャイなんだよ? あたしは……。

 だからもう一回アタックすれば、きっと……。

 こんな大事なことを伝えないなんて、アドバイザー失格だね、あたしは……。

 だけど……。


「まいったな……。小説の続き、書けなくなっちゃいましたよ。ハッピーエンドにしたら嘘になっちゃう……」

『大丈夫だよ、ハッピーエンドにしても嘘にならないよ。だって……だって、あたしはキミのことが、大好きだから……』

「小説の完結のためですか? 無理して慰めてくれなくてもいいですよ」

『ひどいなぁ、今のはあたしの精一杯の告白だったんだけどな……』

「それって――」

『とにかく! 小説内のヒロインとして教えてあげる。あたしはキミから告白されたら、ニッコリ微笑んでOKしてあげるよ。だからキミは、自信を持って最高のエピローグを書き上げて? あたしは小説の中に戻るね。それじゃ、頑張って』

「ちょっと……待って……」


 引き留めるキミにあたしは笑顔で手を振る。もうお別れの時間。

 大胆に告白しちゃって、もうキミに合わせる顔がないから。そしてこれ以上ここにいたら、笑顔が泣き顔に変わってしまうから……。


『あたしの告白への返事は、エピローグで聞かせて。大丈夫、キミはキミが思っている以上に素敵な人だから。勇気を出してね、これからも……』


 これがあたしの最後のアドバイス。

 多分キミの小説は、誰が読んでも駄作中の駄作。でもあたしにとっては、最高の傑作になるはず。ラストに主人公のキミと、ヒロインのあたしが結ばれればね。


 だからあたしは小説の中へと帰る。最高のクライマックスを演じるために。

 そしてキミは小説の最終章を書き始める。最高の物語を終わらせるために……。

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