第18話 後期委員会

「じゃぁ、まずはクラス委員からだ。立候補者は挙手してくれー」


 文化祭も終わって暦は十月。先生によって後期の委員会の選任が始まった。

 まず最初は、前期でキミが苦い思いをしたクラス委員かららしい……。

 するとリコが、口を尖らせてキミに不満をぶちまけた。


『せっかく昌高さんと同じ委員会だったのに、選び直しですか……』

(委員会は半年交代だから仕方ないね)

『キミ、本当に委員会活動なんてやってたの? 印象ないんだけど……』


 先生の号令で、さっそく女子の間でヒソヒソ話が始まった。

 前期と一緒で立候補者は不在。となると、きっと今回も最初に推薦された人がそのまま決まっちゃうに違いない。


「……ねえ、ミトン。やっちゃいなよ……」

「……そうだよ、ミトンしかいないよ……」


 相変わらずあたしは女子から人気があるんだねぇ……。

 この分だと、女子はまた三都美が推薦されて満場一致で決定の気配。

 だったらここは、先手を打ってキミを立候補させるしかないでしょ。前期の過ちを繰り返さないためにも……。


『キミ、わかってるよね。モタモタしてたら、また後悔するよ?』

「わかってますよ。やればいいんでしょ?」

「なんだ? どうした、那珂根」

「あ、いえ。なんでもありません……。いや、なんでもあります。やります、クラス委員」


 今日は現実逃避みたいな小説を書いてなかったから、キミはやると思ってた。

 挙動不審ながらも率先して立候補するなんて、たった半年でずいぶんと成長したもんだね。あたしはちょっと嬉しいよ。

 だけど油断は禁物。そしてあの悪夢が、再び訪れる……。


「俺、またやってもいいぜ」


 やっぱり智樹が手を挙げた。

 半年前のあたしは信じられなかったけど、今はキミが正しいと思えるよ。

 キミが立候補したのを見てから、張り合うように挙げられた智樹の手。キミがなろうとしているクラス委員を、横取りするつもりにしか見えない。


「女子は立候補無しか……。男子は他に、もういないのかー?」


 智樹との一騎打ち。前期を思わせる、明らかに不利なこの状況。

 しかも智樹は直前の文化祭で迷惑客を撃退して、さらに名声を高めたばっかり。そんな智樹に太刀打ちできる生徒なんて、誰一人としているわけがない。

 だけど、たった一人だけいた。クラスの英雄に抗える、教室の絶対神が……。


「蕪良木、お前は前期やったし、ここは那珂根に譲ってやれ。那珂根は前期も立候補してくれたしな。後期の男子クラス委員は那珂根だ。後の進行は任せたぞ」

『先生、グッジョブ! 名君だね、キミの担任は。そして、やっぱり努力は認められるんだよ。運命を自分で切り開いたね、キミ』


 思わぬ不戦勝。智樹は面白くなさそうな表情だったけれど、先生の言葉には引き下がるしかなかった。

 キミはクラス委員の座を勝ち取って嬉しそうな表情を見せる反面、さっそく仰せつかった議事進行という大役に委縮し始めた。

 壇上に上がったキミはカチカチに緊張して、蚊の鳴くような声をあげる。


「あ、あの……。女子はクラス委員の立候補ありませんか?」

「おい、那珂根。クラス委員なんだから、もっと大きい声張り上げろー。それじゃ、みんなに聞こえないぞー」


 クラス委員になったからって、人が急に変われるわけがない。

 三都美との距離しか考えてなかったあたしは、キミが教壇に立つ姿をイメージできてなかった。この調子じゃちょっと心配。だけどこれも試練だ、頑張れキミ!

 そして、さらにあたしを不安にさせる一言をリコが言い出す。


『やっちゃえ、私! 今立候補すれば、昌高さんと一緒にクラス委員ですよ。頑張って勇気を出しちゃえ、私!』

『リコ、やめてー、ややこしくしないで。けしかけないでぇ』


 ジッとキミを見つめる利子の耳元で、腕を突き上げながら声を掛けるリコ。もちろん、リコの言葉が利子に届くわけがない。でもその思いが伝播しそうな気がして、あたしは思わずリコの口を手で塞いだ。

 その効果があったかどうかは怪しいけれど、利子を含めた女子に立候補者は出なかった。


「じゃぁ、次に推薦を……」

「ミトン、じゃなかった、樫井さんがいいと思います」

「同じくー」

「わたしも推薦しまーす」

「他にはいないですか? いないですねー? じゃぁ、樫井さんに決定で」


 キミの発言をろくに聞きもせず、怒涛の勢いで始まった推薦ラッシュ。

 ちゃっかりキミも早々と推薦を打ち切って、三都美をクラス委員に仕立て上げた。

 今のはさすがに怪しいって……。

 だけど、クラスに不満がなければこっちのもの。まんまと狙い通りに、後期のクラス委員はキミと三都美に決まった。

 しかし、存在を忘れていた。民主主義の採決をも覆す、教室の絶対神を……。


「樫井は前期もクラス委員だったから、別な人にしてくれ。女子は選び直せー」

『先生、そりゃないよ。名君取り消し、これじゃ暴君だよ……』


 予定外の展開。思惑は外れ、後期の女子クラス委員は選び直しとなった。

 すると申し訳なさそうに、おずおずと手を挙げる者がいる。


「樫井さんができないのであれば、私やってみたいです……」


 後期もまた利子と同じ委員になった瞬間だった。

 リコが目を潤ませて感激していたのは言うまでもない……。



 その日の放課後、帰ろうとするキミを呼び止める声がする。

 振り返るとそこにいたのは、息を切らした利子だった。


「はぁ、はぁ、また同じ委員会ですね、昌高さん。ご迷惑……でしたか?」

「そんなことないよ。知らない人と一緒にやるよりも気楽で助かるよ」

「そうですか。それを聞いて安心しました」


 そのまま一緒に下校を始める二人。

 積極的に話しかける利子につられて、キミの表情もついつい緩む。

 どう見ても仲の良いカップル。利子への返事を保留にしたままだってことを、キミは忘れてるわけじゃないよね?

 利子に今返事を求められたら、キミはなんて言うつもりなんだろう……。


『ああ、私ったら、なんて健気なんでしょう』

『確かに積極的だよね。見た目の地味さとは裏腹に』

『そりゃぁ、見た目は地味かもしれませんけど、中身は結構すごいですよ』

『ああ、そうだったね。あの幼児体形っぷりは、そりゃもう頬ずりしたくなるほどの破壊力だったよ』

『その中身じゃないです! そっちこそ、おっぱいが大きいからって――』

(やめて! お願いだから。頭の中に色んな妄想が渦巻いちゃうから)


 最近のあたしは情緒不安定だ。ついついリコの言葉に突っかかってしまう。このイライラは、リコへの妬みかもしれない。

 リコが望んでいる通りに、積極的な行動をしている利子。それに引き替え、あたしの方は何一つ上手くいってない。

 いくらあたしが望んでも現実の三都美になんの影響も与えられないもどかしさが、きっと焦燥感を駆り立てるんだろう……。


「じゃぁ、ファミレスでいいですか?」

「うん、それでいいよ」


 あれ? いつの間にそんな話に?

 あたしがリコと言い争ったり考え事をしている間に、キミと利子はファミレスに行くことで話がまとまっている。あたしもリコも、それに付いていくしか選択肢はなかった……。



「ご注文は何になさいますか?」

「私はドリンクバーで。昌高さんもそれでいいですか?」

「あ、うん」

「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ」


 ウェイトレスの注文に卒なく答える利子。さらにその後も、手際がいい。


「飲み物、私が取ってきますよ。何がいいですか?」

「じゃぁ、コーヒーで」

「砂糖とミルクは?」

「一つずつお願い」


 この分じゃ、利子と付き合いだしたら尻に敷かれるのは目に見えてるね。

 あぁ、ダメだ、ダメだ。利子と交際されたら、あたしにとってはバッドエンドだ。

 とはいっても、母親のような献身ぶりの利子とそれに素直に甘えるキミは、バランスのいいカップルに思えてしまう。

 利子が飲み物を取りに席を立ったので、残されたキミは外を眺め始める。今なら話しかけても迷惑にはならないよね……。


『ねぇ、どうして二人でファミレスに来てんの? あたし、途中の話聞いてなくて』

(修学旅行の自由行動のルートをどうしようかって、その話し合いですよ)

『来月になったら、すぐ修学旅行でしたっけね』

(クラス委員になった僕と咲良さんに任せて、他の班員は帰っちゃったんですよ)


 修学旅行の行き先は確か九州。あたしにはどんなところかわからないから、何のアドバイスもしてあげられない。それはリコも一緒だね。

 やがて利子が戻ってくる、両手に淹れたてのコーヒーと紅茶を持って。


「はい、おまちどおさま。熱いですから気を付けてくださいね」

「どうもありがとう。咲良さんて、いい奥さんになりそうだよね」

「え? ちょ、何言ってるんですか、昌高さんは……」


 きっとキミの発言は一般論としての言葉。でも、このタイミングでだけは言っちゃダメでしょ。思慮が浅いっていうか、無頓着っていうか……。

 その証拠に利子もリコも、二人ともに顔を真っ赤にして頬に手を当てて、嬉しそうな表情を浮かべている。まるでそっくりな双子のように……。


『キミねぇ、そんなこと言ったら、咲良さんを口説いてるようなもんだよ?』

(え? そうなんですか? どうしてそうなるんですか?)

『いいんですよ。昌高さんは自然のままで』


 どうしてキミは、この余裕を三都美の前で出せないのかな……。

 キミと利子の距離は縮まる一方、三都美との距離は遠ざかる一方だよ。


「それより、自由行動のコースを考えましょう。私、ガイドブック持ってきました」

「おー、気合い入ってるね。いつも頼りになるなぁ、咲良さんは」

『またキミは……。そんなに褒めたらきっと……』

「はい、昌高さんと一緒の自由行動ですから、気合いが入るのは当たり前です。それに修学旅行っていったら、一生の思い出ですからね」


 あたしの予感は的中した。利子は気を良くして、グイグイとキミに迫る。

 けれどもキミは利子の言葉に刺激を受けたのか、突然ぼんやりと外を眺め出した。そしてポツリとつぶやく。


「一生の思い出か……。そうだね、良い思い出にしたいよね……」

「はい!」


 憂いを秘めたキミの言葉はきっと独り言。だけどその無責任な言葉を、利子は違う意味合いに受け取ったよ、間違いなく。

 だって利子はとっても幸せそうな顔をしてるもの。全く、キミってやつは……。


 利子はガイドブックを片手に、目ぼしい名所をノートに書き出していく。

 それをキミに見せては選択を迫り、候補を絞り込む。そして道順を考えては頭を悩ませ、また新しい名所を見つけてはノートに書き出す。

 繰り返されるその面倒な作業を、楽しそうにこなす利子。いや、実際楽しいんだろうね。

 どうみてもこのコースはキミの好みの場所ばかり。今の利子は、キミとのデートコースを考えているようなもの。

 そんな利子の気持ちを知ってか知らずか、またキミは無責任な言葉をかけた。


「待ち遠しいよね、修学旅行」

「はい! 早く行きたいですよね」

『はい! 私も楽しみですよ、昌高さん』


 利子と同じ表情で、作り上げられていくデートコースを楽し気に見つめるリコ。

 あたしはリコが羨ましくて仕方がなかった。今頃は、もう一人のあたしもコースを考えてたりするのかな? 同じ班の智樹のために……。

 利子の幸せは、キミと結ばれること。そしてそれは、リコの幸せ。

 三都美の幸せは、智樹と結ばれること。そしてそれは、あたしの不幸。

 リコの幸せは利子の幸せ。でも、あたしの幸せは……。

 それぞれの思いが渦巻く修学旅行は、もう目前だ……。

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