第5話 俺の相方

「――じゃぁ、引き続きクラス委員を決めるぞー。まずは立候補いないかぁ?」


 クラス委員に立候補するやつなんて、まずいない。

 大半の者は、そんな面倒な大役なんて真っ平御免だと思っている。内心密かにやってみたい者だって、自ら立候補なんてすれば奇異な目に晒されることになる。

 当然のごとく教室は、無人の放課後のように静まり返った。


「しょうがないな。じゃぁ、推薦はあるかー?」


 先生のその一言で、クラス中が堰を切ったように騒然とした。

 そしてクラス中の視線は、一点に集約される。


「那珂根くんがいいと思います」

「わたしもそう思います」

「他にいねえよな」

「賛成!」


 勝手な奴らだ。

 昌高は半年ごとに繰り返されるこの光景に、いい加減うんざりしていた。けれどもここで拒むと、ホームルームがいつまで経っても終わらないのもわかっている。

 そこで昌高は、交換条件を出してクラス委員を引き受けることにした。


「やれやれ、わかったよ。でも、やるからには完璧に仕事をこなしたい。だからお前が俺をサポートしてくれないか?」


 それが昌高の交換条件。昌高は三都美の前に歩み寄り、手を差し出す。

 三都美はその手を握り返しつつ、信じられないといった表情を浮かべた。


「えっ? あたしなんかでいいの?」

「ああ、お前ならきっと、俺の相方として――」




『まーた、小説の中で調子こいてるし……。俺の相方、だってさ、ぷっ。だけど、クラス委員を一緒にやろうっていうのは良い心がけじゃない』

(いやいやいや、やるわけないでしょ、クラス委員なんて。これも小説の嘘ですよ)

『でも、あたしの方はもう決定みたいだよ?』


 キミが小説を書き進めてる間に、現実の教室でもクラス委員の選定中。

 小説と同じように立候補者は無し。そして推薦を募った途端に、三都美がクラスの女子の声を一身に集めてそのまま確定。まるでキミが書いた主人公みたいだった。


「男子はどうだー? 推薦もいないのかー?」


 男子は推薦すらも出ない。下手に推薦すると、面倒事を押し付けられたと後々遺恨を残すらしい。そんな裏事情のせいか、いつまで経ってもクラス委員が決まらない。

 そんな膠着状態が続く中、あたしはギラリと目を輝かせた。


『今立候補したら、あたしと二人でクラス委員が確定だよ。これはチャンスでしょ』

(なに言ってるんですか。クラス委員なんて、僕にできるわけがないでしょ)

『運命を自分で切り開くっていうのは、こういうことなの! 勇気を出しなってば、ほら』


 キミはあたしの提案を頑なに拒む。

 だけど、こんなチャンスはまたとないでしょ。一緒にクラス委員をやれば、間違いなく二人の距離は縮まるはず。だからあたしは、必死にキミの説得を続けた。

 するとキミはそれが疎ましかったのか、全然違う話題でごまかす。


(やりませんよ。それよりも、忘れないうちにアイデアを小説にしないと――)

『後にしなって。ちょっと間が空いただけで消えちゃうようなアイデアなら、その程度のものなんだよ』

(しつこいなぁ……。絶対にやりません!)


 もはや意地になってるキミ。そんなキミを説得するために、あたしは名案を思い付いた。


『あたし……昌高クンと一緒に、クラス委員やってみたいな……』


 再び三都美の口調に似せて、少し声のトーンを落としてキミの耳元で囁く。

 すると効果バッチリ。キミはゾクゾクと背筋を震わせて、ウットリとした表情を浮かべた。


(だから……やりませんてば)


 それでも拒否するキミ。だけど、その勢いはだいぶ弱まったね。

 あたしは三都美の口調に似せたまま、さらにキミの説得を続ける。


『さっきはちょっとだったけど、あたしとお話できて嬉しかったでしょ?』

(それはそうですけど……)

『一緒にクラス委員をやれば、もっといっぱいあたしとおしゃべりできるんだよ?』

(…………)


 思ったよりもキミはチョロいね。とうとう拒絶もしなくなっちゃった。さっきの三都美と交わした会話は、キミにとっての大事件だったみたいだね。

 せわしなく、ソワソワし始めたキミはきっと葛藤中。あともう一押しなにかがあれば、キミは立候補の手を挙げそうなんだけどな……。

 その時、先生の声が響く。


「この時間中に決まらないなら、先生が勝手に指名するぞ? それでもいいのか?」


 先生の声に反応して、静まっていた教室がざわつき始めた。

 強制的に先生から指名されるのは自分かもしれない。そんな切迫感が教室中を包んで、他人を推薦してでも自分が逃れようとする雰囲気を色濃くする。


『最後のチャンスだよ? やっちゃいなよ、ほら!』

(いや、でも……)


 先生が生徒たちの顔と出席簿を見比べ始めた。

 今にも誰かが強制的にクラス委員に決まりそうだっていうのに、キミは未だに躊躇してる。あぁ、もう、どれだけ優柔不断なの……。


『ひょっとして、先生がキミを指名するかもしれないなんて考えてる? ないよ、絶対にない』

(そこまで断言しなくても……)

『キミだって、自分はクラス委員に向いてないって自覚してるんでしょ? そんな生徒を先生が指名するはずないじゃない。彼女の隣に立ちたいなら、ここで手を挙げるしかないんだよ!』

(…………)


 キミは目を閉じて、右手をプルプルと震わせ始める。おっ、もう一息だね。

 こうなったらあたしも大サービスで、最後の一押しをしてあげよう。

 あたしは再度、声のトーンを落としてキミの耳元で囁く。


『ねぇ、昌高クン、立候補しよう? 一緒にクラス委員になって、あたしをキミの相方にして?』


 あたしの一声がダメ押しになったみたいに、キミは右手を弱々しく持ち上げた。と同時に、先生に聞こえたのかも怪しいか細い声で、キミは勇気ある一言を発する。


「や……やってもいいです……」


 うーん、わかりやすいほどにキミはチョロいね。なんだか可愛く見えてきたよ。

 キミの勇気を受け止めて、教室の隅に座っていた先生が立ち上がる。

 重苦しい教室の空気が急に軽くなると同時に、苦々しかった先生の表情も一気に晴れやかになった。


「そうか、そうか、よしよし。それじゃ決選投票だな」

「え?」

『え?』


 先生の言葉にびっくりした表情のキミ。もちろんあたしも自分の耳を疑う。

 教室を見渡すと、確かに挙がっているもう一本の手。それは窓際の最後尾、智樹の腕だった。


「挙手がほぼ同時だったからな。二人とも前へ出ろー」


 先生の声に立ち上がる二人。

 ポケットに手を突っ込んだまま粋がったように教壇に上る智樹と、背中を丸めて足音も立てずに前に出るキミ。先に教壇に立った智樹は、キミを見下ろしながら挑発してみせた。


「まさか、昌高と決選投票なんてな。お前が相手なら、負ける気はしねぇぜ」

「…………うるさい……」


 消え入るようなキミの声。これじゃ智樹にすら聞こえていないかもしれない。

 苛立ったあたしは、キミをけしかけた。


『言われっぱなしのままでいいの? この智樹クンに言い返す言葉はないの?』

(どうせ勝てるはずがないんです。それよりミトンこそ、どうして智樹の隣でウットリした視線を送ってるんですか? 応援する気なんて、これっぽっちもないでしょ)

『て、敵の観察だってあたしの重要任務だよ。それよりも、もっとシャキッとしなってば。そんなんじゃ、誰も投票してくれないよ?』

(いいんです、負けるのはわかってますから……)


 キミの指摘は図星だよ。あたしは確かに智樹にみとれてた、ちょっとだけど。

 けどね、壇上に立っても俯いてばっかりで、最初から負けを覚悟してるキミを必死に応援する気になんて、なるはずがないじゃないか。

 それほどまでに対照的すぎる二人は、投票するまでもなく結果が見えていた。


「それじゃぁ、今から配る紙にどっちかの名前を書いて投票なー。候補者の二人は投票権は無しだー」




 結果はキミが一票だけ。それ以外の全ての票は智樹へと流れた。

 ほぼ満場一致で男子クラス委員は智樹に決定。するとキミはニコニコと、三都美に話しかけられた時のような明るい笑顔を浮かべて、自分の席へと戻ってきた。


「じゃぁ、ここから先はクラス委員の二人で仕切ってくれ。残りの委員を決めたら、ホームルームは終了だ」


 引き続き、その他の委員選定が始まった。キミは誰かに保健委員へと推薦されたらしい。けれどもキミは異議を唱えることもなく、そのまま確定した。

 なにしろキミはうわの空。今なお、笑みを浮かべたままぼんやりとしている。


『どうしたの? ひょっとして、クラス委員をやらなくて済んだから喜んでる?』


 あたしが声をかけると、キミは笑顔をプルプルと震わせ始める。

 そして心の中で、険しく冷たい思いをあたしに差し向けた。


(お願いだから……今は黙っててくれませんか?)


 キミの笑顔は目一杯の強がりだった。やっぱり悔しかったんだね……。

 そんなことにも気付かずに、安易な言葉を掛けてしまったあたしは深く反省した。

 よくよく見れば、キミの目にはうっすらと溜まる涙。

 それでもなおキミが作り続ける笑顔を見て、あたしは包丁でも突き立てられたみたいに胸が痛んだ……。

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