第36話・会議は踊る

 火花を抜けた。氷のドリルは消えたのか、飛んでいってしまったのか、暗闇が丸くくり抜かれ、光の粒がまたたいていた。


 外だ、幸いにも人は降っても落ちてもこない。しかしどこなんだ。光の粒は何なんだ。


 電気機関車が表に出た。

 と、同時に俺の顔がひきつって、祈祷師様は手に汗握った。


 光の粒は、シャンデリア。つまりここは建物の中、それも舞踏会が催される豪華絢爛な大広間。ここが活躍するのは夜だろうから、陽の高い今は無人なんだ。


 なんて冷静に分析している場合じゃない。列車は急に停まれないんだ、大広間の壁に激突したらひとたまりもない。

 つまり、畜生、また非常ブレーキだ。大人しく停車出来るのは、いつになるんだ!


 氷の線路は、大広間から真っ直ぐ伸びる廊下に敷かれていた。車両限界に合わせたようなデカい廊下だ、何と都合のいいことか。

 当然、停まりきれない貨物列車は廊下を走る。

 廊下の壁には重厚な扉がいくつも作りつけられている。普通に歩けば「何の部屋だろう」と思うだけだが、今の俺には「誰ひとり出て来るな」としか考えられない。


 廊下を抜ける、この先は何だ。

 何故そう思うのかと言えば、扉が閉まっているからだ。

 ていうか、停まれ!!


「ダメだっ!!」


 バゴオオオオオオオオオオオオオオオンン……


「うわっ!?」

「敵襲じゃ!」

「これが噂の、双頭の赤龍か!?」


 固く閉ざされた扉を開けて飛び込んで、やっとの思いで停止したのは円卓のある会議室だった。

 これって、あれか? 元老院とか言うやつか?

だってほら、ローブを羽織った爺さまたちが腰を抜かして戦慄している。


 異常事態は、素早く悟ったほうが勝ちだ。騎士団長が颯爽と後部運転台から舞い降りると、格好をつけて剣を構える。

「我らはラトゥルスを筆頭とした連合軍! 貴様ら、ヴァルツースの手先だな!?」

 相手が文民の爺さまだと強気だな、貨物列車にあれだけビクビクしていた癖に。


「衛兵! 衛兵はおらぬか!!」

 爺さまがそう声を上げたが、衛兵の詰所は廊下に沿った扉の奥にあるらしい。廊下に停まるコンテナ貨車に阻まれて、出動出来ないようだった。

 裏を返せば、こちらも廊下に停まったコンテナ貨車の兵士を出せない。これに気づいた祈祷師様が騎士団長に指示を出す。


「騎士団長! 正面の扉から、外の衛兵が駆けつけます! 早く兵士を!!」

「廊下におって、扉が開かぬのです! サガ、前に出してくれぬか!?」


 ひとりで頑張れよ、騎士団長だろ!? と思ったものの、麗しの祈祷師様が俺を見つめるから……まったく、しょうがないな。

 歩くくらいの速さで走り、騎士団長が目の前に来たコンテナを解錠する。つまりピグミスブルクをったときの逆をやる。

 だが、その前に進路の確保だ。やはり都合よく正面の廊下は車両限界ピッタリ、これしかない。

「騎士団長、正面の扉を開けて──」


 その正面の扉が開け放たれた、ヴァルツースの衛兵だ。

 同時に、祈祷師様が主幹制御器を押し下げた。

「騎士団長! 我が兵を外へ!」

 しかし祈祷師様は、惰行だこうを知らない。マスコンハンドルは戻されず、電気機関車はゆっくり加速し続ける。


 これはいけない。ノッチオフしなければ、と下からマスコンハンドルを押し上げた。しかしビクとも動かない、祈祷師様の強い意志を感じ……ている場合ではない。

「祈祷師様、加速したままでは騎士団長の作業が間に合いません。元の位置に戻してください」

 祈祷師様は不服そうにノッチオフした。ブスッとしても麗しい。

 いかん、見とれていては前方注視義務違反だ。


 動き出した貨物列車に、ヴァルツース軍の衛兵たちは絶叫してから来た道を戻る。

「サガ! もっと速く!」

「あの、さっき言ったこと、覚えていますか?」


 やはりこちらの廊下にも扉があった。開いては叫び、開いては叫びを繰り返している。果敢に剣を抜き、弓を引く者がいたとしても、迫る機関車に恐れをなして遁走とんそうする一団に加わるだけだ。


 衛兵たちを追い回した末、貨物列車はフェルンマイトの街に出た。外にいた衛兵たちが俺たちに向けて弓を引いている。


 ピィィィィィ──────────────!!


 けたたましいホイッスルに、衛兵は耳を抑えて弓を落とした。そして、それを合図にしたのか我らラトゥルス兵がコンテナから街へと飛び出す。

 結局、トロイの木馬じゃないか。まぁ、上手くいったから良しとするか。


 貨物列車は大通りへと躍り出る。街を蹂躙するためではない、コンテナの扉を開けることが目的だ。425メートルが表に出たら停まるつもりだから、辛抱してくれ。


 しかし、しかしだ。敷かれた線路は逃げる衛兵の足跡を辿っている。線路の上しか走れない鉄道車両の悲しい性、にしてもだ!

「祈祷師様、何をお祈りしているんですか!?」

「私はただ、フェルンマイトを救いたいと……」

 そういう祈祷師様の目がヤバい、サイコパスとして覚醒したんじゃないだろうか。


「祈祷師様、後ろは建物から抜けていますか?」

 側窓がわまどから後ろを覗いた祈祷師様は、ちょっぴり寂しそうにした。どうして寂しそうにする!?

「はい……完全に出ています」

 俺はすぐさま停止のためのブレーキを掛けた。誰が何と言おうと、俺は列車を停止させる。特にこのサイコパス祈祷師様の言うことだけは聞く気がない。


 ……やっぱり、話を聞くくらいはしよう。淡い期待がある限りは──。

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