第25話・後退

 5トンコンテナに収まるサイズのゴーレムを、新たに錬成してもらい仲間に加えた。

「長老、貴方にも来てもらえると心強いのですが……」

「もう、わしは歳じゃ。戦の旅など出来ぬ」

 それを聞いて安心した。ちゃっかり祈祷師様と密着するような助平ジジイだ、まったく油断も隙もない。


 わずかな休息を取ったのち、ラトゥルス連合軍は出立のときを迎えた。

 祈祷師様は、偉大なる魔法使い爺さんとの別れを惜しんでいる。俺も騎士団長も、ハラハラして目が離せない。


「貴方様ほどの魔法使いが、何故ヴァルツースと同盟を結んだのでしょう。やはり、ロックフィアを豊かにするためでしょうか」

「うんにゃ? ゼルビアスがいい女だからのう。しかしテレーゼア、清楚なのもええのう」


 俺と騎士団長の呼吸が、はじめて合った。全力で祈祷師様の元へと向かう。


「祈祷師様、あまり長居しては迷惑です」

「旅立ちましょう、救い出すべき国は数多あまたにあります」


 祈祷師様を運転台へと押し込んで、騎士団長の総員乗車完了合図を受けた。

 祈祷師様が神に祈りを捧げると、貨物列車の下には氷の線路が敷かれていった。

 だが、線路は前方に伸びていない。

 真正面は煉瓦積みの鉱石倉庫と、未だにくすぶっている山。前に進めるわけがないので、線路は後方に伸ばしてもらった。


 ブレーキを緩解かんかいさせると、貨物列車はなだらかな山裾をゆっくりと後退していった。

 進路が見えないのは、おっかないなぁ。

 勾配を登りきれなかったときに閉そく区間内で後退し、登り直すのは古来からある運転方法。

 でも、俺にとってはじめての経験だ。今の機関車は力があるし、無茶な重さの編成は組まない。現役運転士で後退経験のある人は、そういないんじゃないだろうか。

 それをまさか異世界でやるとは思わなかった。


 貨物列車は勾配に負けて、みるみる加速する。やっぱりちょっと怖いから、少しだけブレーキを当てて、亀みたいな速度を保って山裾を下る。


 さようなら、ロックフィア。祈祷師様は二度と連れて来ないからな、助平ジジイ。


「サガ、次に向かう国ですが──」

「祈祷師様、それより前に行きたいところがあるんです」

「どこですか? 寄り道している余裕など、ありませんよ?」

「もう一度ヴァルテンハーベンに行きます。戦力に関わるんです」

「前進するための後退ですね、いいでしょう」


 平坦地まで下りきってから列車を停めた。

「走ってきた線路を敷き直してください。グルッと輪を描くような形です」

 高さを稼ぐため、ヴァルテンハーベンの目抜き通りに敷いたループ線とは違う。

 終端駅で列車の向きを変えるためだけの平坦なループ線だ。欧米に多い形態だが、日本では埼玉新都市交通ニューシャトルの大宮駅にある。あとは桃花台新交通ピーチライナ……うっ! 頭が!


 余談はさておき、俺たちは一路ヴァルテンハーベンを目指して走る。


 氷の線路を呑み込んでいる深い森が現れた。

「祈祷師様、森の上を走りましょう。それと下りの坂道は、何重ものスパイラルにしてください」

 祈祷師様が神に祈りを捧げると、願ったとおりの高架線が現れた。貨物列車は高度を上げると森を一気に飛び越えて、氷のループを舞い降りる。


 これ絶対に綺麗だよ! 外から見たい! 誰か運転代わって……


 祈祷師様をチラリと覗う。


 ……ダメだダメだ、異世界でEH500を運転していいのは俺だけだ。祈祷師様に任せてみろ、全速力で特攻するに違いない。


 目抜き通りに停止すると、ヴァルテンハーベンの住民たちが大歓声を上げて迎えた。

「双頭の赤龍だ!」

「テレーゼア様─────!」

「イモ男爵! 男爵イモ─────!!」

 やめろやめろ! 頼むから、もっとヒーローに相応しい愛称で呼んでくれ!


「さっそくですが、木工職人はいませんか?」

 人垣をかき分けてオヤジ軍団が現れた。自慢の腕を発揮出来ると、自信に満ちた笑みを浮かべている。

「仕事か!? サガ男爵」

「コンテナ……ドラゴンの腹の中に椅子と握り棒を付けてください。ヴァルツースと本格的な戦闘になったとき、軍隊がフラフラじゃあ話になりません」

 任せてくれ! と、職人たちはすぐさま作業に取り掛かった。その間、俺たちはしばしの休息と情報収集を行う。


「森の魔物やヴァルツース兵は、どうなりましたか?」

「物音がパッタリ聞こえなくなったから、あいつら魔物をやっつけて逃げたんじゃないか?」

 森に平和が訪れた、安心して伐採出来る。ヴァルテンハーベンの主要産業が復活したぞ。


「他に仕事はないか? ヴァルツースが森に魔物を放ったせいで、腕がなまっちまってなぁ」

「それならピグミスブルクに行くといい。馬車の乗り降りに都合のいい乗降台プラットホームがあるんです」

「そいつはいい。赤龍の腹に椅子を造りつけたら視察に行こう」

 いいぞいいぞ、都市間の交流も復活する見込みだ。


「ところであんたら、どこへ行ったんだ?」

「ロックフィアです。火の山から燃える石を採掘していました。これなんですが、要りますか?」

「生木を薪にするのも時間が掛かるからな。うちの商人に話してみるよ」

 いいぞいいぞ、この連合だけで交易をすれば、ヴァルツースは兵糧攻め。ご自慢の軍事力も弱体化するだろう。


「それで、次はどこに進軍するんだ?」

「耐火煉瓦を作っている町に行きます。ここも、燃える石を使うなら必要ですよ」

「煉瓦……フレッツァフレアか。そこには伝説の料理人がいるらしいぜ。ジャガイモをかすだけにも飽きてきたから、ついでにレシピを教わってくれないか?」


 そういえば、ジャガイモ料理のレシピを教える約束をすっかり忘れていた。醤油もみりんもない異世界、どんなジャガイモ料理を作れるだろう。


 しかし煉瓦の町に、伝説の料理人? そいつは一体、どんな奴なんだ。

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