第7話・車両点検

 さて、ようやく点検が出来る。

 と言っても、電気もなければ線路もない。俺は検車係員でもないから、わかるところを見ているだけだ。


 まずは機関車、床下から。

 懸念していたATS車上子は……あちゃあ、地面を滑ったから曲損している。石を跳ねてやられたのだろう。そもそも、この世界にはATSが無いんだから、いいんだよ。

 台車は見たところ損傷がない、さすが丈夫だ。飛び上がったときに車軸が外れなかったのは、運がいい。

 機械室は見てもわからないが、焼け焦げたりはしていないから、多分大丈夫だろう。通電させて確かめたいなぁ。

 最後に梯子を借りて屋根へ上がる。架線に引っ掛かってパンタグラフが壊れていないか……。

 おお、無事だ! 異常を感知して、すぐにパンタグラフを降下させたのが功を奏したのだろう、さすが俺。他の屋根上機器も損傷はない。


 続いてコンテナ貨車、20両もあるから大変だ。

 どの台車も真っ直ぐを向いている、車軸も脱落していない。着地したとき、跳ねずに滑り込んだのがよかったのだろう。

 車両同士をつないでいるブレーキ直通管も電磁自動ブレーキのジャンパ栓も、破れたり外れたりしていない。台枠を這う配管類も無事なようだ、殿しんがりを務める機関車が小石の露払いをしてくれた、そうに違いない。ATS車上子の冥福を祈るばかりである。

 貨車で助からなかったのは、俺が配った積荷のジャガイモだけ、それもまだ1両5個しか開けていない。残り95個には、何が入っているだろう。


 最後尾から列車が来た方向を見ると、二筋の轍が踊ることなく真っ直ぐ伸びており、遥か遠くでプツリと消えていた。

 あそこから転移して来たのか。

 脱線したあたりは、どうなっているのだろう。滑って出来た轍に炎がメラメラと立っていた……って、それもまたタイムスリップじゃないか。


 ぐるっと車両を見回って驚かされたのは、どの車輪も真っ直ぐと伸びる轍に乗っていたことだ。ここに線路が現れたら、1両も脱輪することなく綺麗に乗るだろう。異世界転移してなお保たれた編成美に、ほれぼれしてしまう。

 感嘆すると、離れた場所から興味深そうに見ていた祈祷師様が声を掛けてきた。

「サガ、ドラゴンの具合は如何でしょう」

「一部損傷がありますが、この世界では影響ありません。驚くほど完璧な状態です、今すぐにでも走れそうだ」


 祈祷師様は、顔いっぱいに疑問符を浮かべて首を傾げた。俺が変なことを言っただろうか。

「このドラゴンは、走るのですか?」

 コンテナを開けて積荷のジャガイモを配ってもなお、貨物列車を本物のドラゴンだと信じて疑わないのか。

「電気、あと線路があれば走れます」

「デン……キ? とは何ですか?」


 首を傾げて眉をひそめる祈祷師様が、ちょっと可愛い。

「雷みたいなものです。こいつは交直流機だから直流1500ボルトか、周波数50ヘルツか60ヘルツの交流20000ボルトで走れます」

って言っても、わからないよなぁ。祈祷師様の首が、ますます傾いていく。


「それと、センローというのは?」

「こいつの下を見てください。これは鉄車輪なんですが、内側にフランジ……爪がついていますよね?」

 祈祷師様は車輪の構造よりも、ふんだんに使われている鉄に興味を示している。金属供出なんて絶対にさせないぞ!


「鉄のレール……何て言ったらいいかな。細長い鉄の上に車輪が載っかるんですけど、この爪は、そこから外れないように引っ掛かるんです」

「鉄の車輪! ……鉄の……道……」

 そうです、まさしく鉄道ですよ。たっぷり鉄を使うんですよ、凄いですね。


「センローが無ければ、走れないのですか?」

「こいつは舵が切れないんです」

「何故、鉄の上を走るのですか?」

「摩擦係数が小さいんです。あ、いや、どっちも滑りやすいから、小さな力で走れるんですよ」

 計らずも貨物列車運転士・相楽祐介の鉄道講座になってしまった、生徒は祈祷師テレーゼア。


 まぁ、この国では鉄が貴重な存在らしいから、列車を走らせるために大量の鉄を用意するなど、到底ありえない話だろう。

 何せ、コンテナの鉄が狙われているくらいだ。線路が欲しけりゃコンテナや貨車を潰して使え、と言われるに決まっている。


「つまり、鉄と雷が必要なのですか」

 そうですね、と言いかけたが、絶対ではない。

 線路は、摩擦係数が大きくなるだろうが石でも木でも、とにかく重量と横圧……フランジが横に与える力にさえ耐えられればいい。

 動力だって、この電気機関車にこだわることはない。この世界にはないだろうがエンジンや蒸気機関でもいい。


 馬がいたって、人が押したっていいし、ファンタジー世界でありがちな重力式トロッコだっていい。本物のドラゴンが牽引したって、いいじゃないか。

 明治時代、角材の上に鉄の帯材を敷いたレールを使って、人力トロッコを走らせた木道社というのが地元仙台にあったそうだ。


 でも、愛着があるからEH500型電気機関車は見捨てたくない。

 ちゃんと走ることまで確かめての点検だ、電気の力で線路の上を走らせたいなぁ。


 点検に勤しむ俺を、祈祷師が覗き込んできた。運転士魂を察してくれたのだろうか。

「サガ、もうひとつ尋ねてもよろしいですか?」

「はぁ、何すか?」

「このドラゴンは、飛ばないのですか?」

「……飛びません」


 まったく……。こんなにデカい鉄の塊が、翼もなしに飛ぶわけがないだろう。


 ほら、ちょうどあのくらいの大きな翼が……。


 鳥だ……。


 あのバカでかい鳥が、飛んできた!!

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