妄想のヤバイ奴




ハンナちゃんが九条くんを部屋に案内させる。

私も自分の部屋に引きこもってスマートフォンを取り出すと、イヤホンを耳にさして声を殺す。

イヤホンからは、硬いものが擦れるような音が響いていた。

九条くんの右腕につけられた手錠。

これは発信機の役割を持ち、それ以外にも、もう一つの役割が存在する。


『稲元さんの気持ちを汲んで、そう思える…』


云々と。

へぇ…そんなこと言うんだ。

なかなか可愛らしいところもあるじゃん。

私は上機嫌になっていた。


彼に装着されたイヤホンにはもう一つの役割が存在する。

それは盗聴器として使用することが出来る事。

スマートフォン連動することで相手の行動が筒抜けになるのだ。

これで相手がどんなことを考えているのかまたはどんな企みをしているのかが手に取るように分かる。

しかし案外この子は従順的な態度をとっている・


もしかすればこの状況下で観念し、心を入れ替えたのかもしれない。

それもそうだろう。

一応は班長のグループに入るのだ。

下っ端の狩人にすれば破格な出世だともいえる。


階級も班長の口添えで上がる事も出来るのだから、そう考えれば霧島ちゃんよりも私の方に懐いた方がお得だと思ったのかもしれない。


だったらそれはそれでいい。

私は私のために尽くしてくれる子が好き。

少し受け身がちなところもあるけれどそれはそれで愛嬌があって良いだろう。

私のタイプというほどではないが可愛い弟として接してやるのも悪くはない。


「むふ…」


と、つい満足げな声を漏らしてしまう。

霧島ちゃんが私の大切な妹にはなれなかったけどこの子ならきっと私の良い家族になってくれる筈。

そう思ったところで私はイヤホンをつけたまま枕を抱きしめる。

そして九条くんとの家族を想像してみた。


彼は私よりも幼いのだから必然的に私が姉として役割を担うだろう。

だから彼は、弟として扱ってあげる。


これは私の癖。

誰かと家族になる妄想をしてしまう。

記憶は段々と遡っていく。

そうだなぁ…思い出のエピソードを考える。


私が七歳ぐらいで、九条くんが四歳ぐらいかな?

場所は海原、私と九条くんはお母さんとお父さんと一緒に海に来た。

ビーチボールを持った私が九条君のところへ来て遊ぼうと言いながらたくさん遊ぶ。

そして九条くんは大人しそうだから、麦わら帽子をかぶって砂でできたお城を作るのが好き。


だから彼のやりたい事を優先させて、私と一緒にお城を作って反対方向からトンネルを開設したりして遊ぶの。

そして私と九条くん、時間が来たらお父さんの車帰って、手をつなぎながら家に帰る。


「んー…」


あの頃の九条くんは可愛かったからなぁ…この呼び方は違うよね?


「くじょう、九条くん、九条ちゃん、千徳ちゃん、ちとちと、ちーちゃん…うん」


ちーちゃん。幼いころから一緒なら、この呼び方が正解かな?

さて。ちーちゃんが、狩猟奇具返して欲しいって言うから…返してあげなきゃなぁ。

まったく、仕方が無い弟だなぁ、もう。





俺はベッドに横たわり、自らの手に付けられた手錠を眺めていた。

これはただの手錠ではない、発信機が備わっている。

しかしそれ以外にも機能が付属していた。

俺はこの手錠を見るのは初めてではない。

正確には二度目となる。


一度目は原作知識で、その手錠がどんなものであるのか理解していた。

この手錠は盗聴器の役割を持つ。

敵組織に囚われた百槻与一とヒロインが、脱出の計画を企てていた。

いざ脱出しようとした時に敵組織はその情報を察知していた。

そしてその情報はヒロインが流していたのだと百槻与一は思っていていたのだが、実はこの情報を知ることができたのが手錠に付けられた手錠から知られていた、というシーンがあった。


イベントシーンには手錠の形状も描かれていた為に俺はあらかじめ手錠が盗聴器も搭載されていることを知ることが出来た。


おそらく稲元潤はこれを使って俺の情報を盗聴してるんだろう。

しかし俺は、彼女が盗み聞きしてるのならば、これを利用しない手はないと思った。

俺はこの盗聴機を利用し彼女に対して印象を良くするような台詞を話していた。

とりあえず彼女は裏切りに対して敏感であったので彼女の気持ちを理解したようなセリフを言ってみて共感性を強める。

さりげなく彼女に対する敵意はないということを証明して印象を高くさせる。

これからも定期的に好感度を上げるようなセリフを彼女のいない時に喋ってみようと思う。

とりあえずやれることは全部やる。


俺は腕を組んで天井を見上げる。

基本的に俺は何をするなと言われている。

だから部屋の中で半ば監禁状態なのだろう。

俺単独で行動することはできないと見て良い。


だからといって思考停止してはならない。

現状今の状態を脱することができる可能性があるとすれば…それはやはり百槻与一に手を貸してもらう他ないだろう。

ならば他のイベントを百槻与一に任せるしかない。


『㯥京』には多くの研究室がある。

その研究の内容は全て狩人協会本部に申告しなければならない。

ある研究施設は申告内容を偽造して提出していた。


百槻与一が施設に侵入してそしてその内部の情報を暴いた時に、百槻与一はそのゲーム本編のヒロインと出会うのだ。


そして研究者は研究施設の内部を知られたために自暴自棄となって研究室に飼っていた化物を放出、収容違反を発生させる。


ゲーム本編のイベント内容であるその事件、イベントを誘発させる。

しかし、この情報をどうやって主人公に話そうか。


その時、扉を叩くノックの音が聞こえてきた。

ノックの音に反応して俺はベッドから起きて、来訪者を招き入れる。

金髪にいかついピアス猫のような目をした稲元潤だった。


「稲元さん」


俺は頭を下げて挨拶をする。

稲元さんは片手を上げて軽く挨拶をした。


「一体何の用ですか?」


彼女の来訪に対して淡い期待を込める。


「はい、これ返して欲しかったんでしょ?」


そう言って彼女がもう片方の手に持っていたのは狩猟奇具だった。


「ハンナちゃんが返して欲しいって言ってきたから、これ、返してあげる」


早速、盗聴器から褒めていたのが効いたか。

俺は感謝の言葉を口にしながら狩猟奇具を手に取ろうとして。

彼女は自ら手を引いて俺から狩猟奇具を遠ざける。


「でもね、ちーちゃん。これを返すには、条件があるんだけどさ」


条件、なんだ?

俺は喉を鳴らした。


「一応は、ちーちゃんを信用してるけど…どまだ日が浅いからね?狩猟奇具のトリガーが外させてもらったから」


そう言って彼女は俺に狩猟奇具を渡す。

受け取って、俺は狩猟奇具を確認した。


狩猟奇具にある引き金が取り外されている。

おそらくは職人に話して外させたのだろう。

この状態では狩猟奇具を展開することはできない。

おそらく彼女は俺が裏切る可能性を考慮して狩猟奇具の発動の鍵となる重要な部分を摘出したのだろう。

これでは狩猟奇具本来の性能を引き出すことは出来ない。


だがこうすることで彼女に対する信頼性を得ることができるなら安いものだった。

逆に、俺は苦笑しながら彼女に言う。


「…俺ってそんなに信用ないですか?」


彼女の良心に訴えてやる。

そう言うと彼女は首を左右に振った。


「あー、もう、ちーちゃん、違う、違うよ?ウチはちーちゃんの事、信用してるから、ね?そんな悲しい顔しないで、良い子だから、よしよし」


言いながら俺の頭を撫でて来る。

この人。本当に距離感が近いな…。

彼女の事はノーマークだったからどんな心理をしてるのかまるで分からない。

まあそんなの、原作者に文句を言っても仕方ないだろう。




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