霧島恋模様

痛みが引いてきたのかようやく彼は眠りに落ちた。

私は彼の寝息を聞きながらベッドに横たわる。

天井を見つめながら、私は彼の言葉を頭の中で反復させた。


愛。

人を助けるのはその感情があるからだと彼は言う。

それはつまり、私の行動は全て愛から起こるものだと。

なんとなく、腑に落ちたと言えばそうなのだろう。

私は他でもない、自分よりも他人が大好き。


逆を言えば、私は、私が嫌いなのだ。

私は、私を価値のある人間とは思わない。

それは私を捨てた両親が物語る。

私が捨てられたのは私に価値がないから、だから私は不要な存在で、存在しても意味がない、ただのがらくた。


こんな自分よりも、他の人たちの方が価値のある存在。

くすんだ私よりも綺麗で、きらきらとしている。

だからこそ、他者が美しくて尊くて、それを守りたいと思ってしまう。


それが真実。

私が誰かの為に生きたいと願うこと。

誰かの為に生きていたい。



けど、一つだけ分からない事がある。

何故、彼はこんな私を救ってくれたのだろうか?

私は自分の存在に価値なんてないと思っている。

他の人間よりも、誰よりも劣る無価値の存在。

なのに、彼は…九条くんは、そんな私を、自分の命を賭してまで救いに来てくれた。

誰よりも自分の命を優先していた、そんな彼が土壇場になって自分よりも私の命を優先してくれた。


九条くんの言う事、人を助ける事が愛だとすれば。


私の命を優先する程に、彼は私の事を好いている、と解釈するべきなのだろうか。

でなければ、こんな私を見返りも無く助けようとは思わない。


…そう言えば。

私は、誰かを助けて来た事は、何度もあったけど。

誰かに助けられる様な真似はしなかった。


他の人は、私とは価値が違うから当たり前だと思っていたけど…。

それでも、化物の群れから必死になって、私の手を握って、其処から連れ出してくれたのは、九条くんだけだった。


私の手には、体には、未だ、九条くんの熱を覚えている。


「…愛、九条くん、あなたは…私の事を…」


好いているのか。

そうだったら、私は、…嬉しいと思う。

だって、私の命を救ってくれた人を、嫌いになる事なんてない。

むしろ、こんな私を、無価値な私を、彼は、彼だけは、手を差し伸ばしてくれた。

こんな事は初めてで…恐らく、これから先は、決して訪れない。


誰かの為に生きる事しか出来ない私が、他の価値を、大切なものを、生んでくれた。

九条くん。九条千徳くん。私を助けてくれた、大切な人。


「九条くん…私の…」


この世界で、私の見つけた優しい奇跡。

灰色の世界に彩を与えた、尊い人。


人を守る事が愛だと言うのならば、私は、貴方を守りたい。


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