エロゲ転生?


けれど、意識はそこでは終わらなかった。

次に目を開いた時、俺は違う場所へと移動していた。

真っ白な部屋、そこは病室だった。

どうやら交通事故を起こし、そのまま病院に運ばれたらしい。


「…はは」


なんて運が良い事だろうか。

まだ生きているだなんて。

そう思いながら俺は寝返りを打とうとして。


「…ん?」


けれど何か違和感を覚えた。

少し体が軽く感じる。

事故を起こしたのになぜか重傷ではない様子。

交通事故を起こしたら体を動かさないように固定される筈なのだがそれがなかった。


「んん?目が覚めた?」


カラリとカーテンの奥から椅子を動かす音が聞こえた。

そしてカーテンが開かれると、俺の前に白衣を着た美女がこちらを見ていた。

黒い髪を伸ばす女性は気怠そうにタバコを吸っている。

そして俺のほうをじろじろと見ていた。


「…大事はなさそうだね?いや、良かった良かった」


…いやいや大事はなさそうだって、俺は交通事故で轢かれたのに、大事はないワケ無いじゃないですか。


それを言おうと思ったが、俺の体はどこにも異常がないように思えた。

普通、交通事故を起こしたら何かしら体に骨が折れていたりするものだろうだが、五体満足、ほぼ無傷に等しい。


「って…あれぇ?」


女医の方に目を向けた。

その女性はどっかで見たことがある。


タバコを吸っているその女性に目を凝らして、その違和感を言葉に変える。

いや、そんな筈は…しかし尋ねてみる。


「もしかして…神崎さんですか?」


女医は口から紫煙を吐いて頷いて見せた。


「うん、神崎だけど?名札見て分からない?」


とそう言って白衣に付けられたネームプレートをこちらに見せつける。

別に名前が見えなかったわけじゃない。

あくまでも俺が確認したのはそのキャラについてだった。

神崎かんざきゆう

第一作目の『なれど』シリーズに出てくるサブヒロインだ。

その後、第三作目にあたってヒロインと昇格した。


俺は彼女がコスプレイヤーかと思ったが、あまりにもゲームのキャラと瓜二つだ。

俺は何故、病室に運ばれたのか聞いてみる。


「あの、俺って何で病室に運び込まれたんですか?交通事故、ですよね?」


と聞くと彼女はタバコから口を離して俺の方へと近づく。

前髪を上げて、俺の額にくっつける。


「…熱はなさそうだね。じゃあ一時的な記憶障害かな?」


そう言ってくる。


「記憶障害って…交通事故じゃないんですか?」


聞くと彼女は首を横に振った。


「んや、君は化け物に襲われたんだ、そのまま化物に押されて二階から一階へと墜落、頭を打って気絶したの」


化物。

俺はふと笑いたくなった。

アニメの中でしか存在しない化物に襲われたなんてありえない。


「…あ、れ?」


けれど、俺は懐に入れてあるものに気が付いてそれを取り出す。

それはジッポライター程の小さな小物だった。

俺は喉を鳴らす。


それを軽く握り締めて、人差し指に当たる部分に出っ張る引き金を引く。


「ちょっと…」


神崎さんの声が聞こえるが、俺は止まらずに、引き金を指から離す。

瞬間、その小道具が変形した。


この小道具は、狩猟奇具と呼ばれる化物を倒す際に使われる小型の携帯兵器だ。

トリガーを引くことでその狩猟奇具に内蔵されたギミックが発動し刀や槍など、様々な武器へと変形する。


俺が所持しているのは、狩猟奇具を操る新米狩人に与えられる『斬機』と呼ばれる片手刀身型の狩猟奇具だった。


その道具のギミック上、物理法則に反しているので現実で再現する事は不可能だ。

だが、今その武器を解放したことで俺はようやくこの世界は『なれど』の世界観であることを理解した。


「ねぇ…」


神崎さんが俺の方を見ながらタバコを吸っていた。


「もしかして錯乱状態?警備員呼んだ方がいい?」


目を細めて恐ろしい表情を浮かべていた。

俺は愛想笑いを浮かべながら狩猟道具を解除するのだった。







「転生って…奴か」


俺は悠然と狩人協会本部の中を歩いていた。

片手に狩猟奇具を持って時折投げるように浮かせては掴む動作を繰り返す。


あれから三日が経過した。

俺は必死に記憶喪失と判断され、狩人協会本部で改めて説明を受けていた。


ここは日本、その首都『㯥京』だ。

そしてこの都市には化物と呼ばれる生物が出現しては人間に対して極めて悪質な感情を抱き、攻撃や捕食をしているのだ。


そこら辺の情報は既に原作をプレイして履修済みだから、俺は説明を受けている間は、何とか欠伸が出ないように堪えていた。


それよりも、気になるのは俺の存在だ。

この世界にいる俺の名前は九条くじょう千徳ちとくと言う名前の男性で、年は21歳。


すでに訓練学校を卒業した新米という設定を持つ。

自分の名前を聞いたが、そんな名前のキャラクターは原作に登場しなかったから、恐らくは物語とは関係ないモブ的な存在なのだろう。


試験会場で運動能力の確認を行い、運動神経はそれなりにあるらしく、判定はC評価だった。

新米にしては中々筋が良いらしい。


最も、運動神経が良かったとしても化物に対抗できるかどうかは別であるが。


軽い運動を終えた後に狩人適正も調べてみる。

俺の狩猟奇具は『斬機』。

これは新米狩人に与えられる最初の支給品であり、量産型の狩猟奇具である。

これは基本的に特殊な能力は宿しておらず、ただ化物を殺すための特殊な材料で加工されているに過ぎない。


どうせなら名前付きの狩猟奇具が欲しかった所だが、俺は原作には登場しないモブな存在である為、高望みはすべきではないだろう。


活躍すればする程に戦力として認められてより恐ろしい戦場へと送られる可能性もあるからな。


「ふぅ…」


一息ついて考える今後の身の振り方という奴を考える。

俺は原作知識を所持している状態でこの世界に転生している。

これを工夫すればこの残酷な世界でも何とか生き残る事が出来るのではないか?

あわよくば他のヒロインとお付き合い出来るかも知れない。

そんなことを考えながら、本部に設置された自販機でジュースを購入する。

この世界の豆知識、と言う程ではないが、物価が安くなっている。

缶ジュース一つ100円で売買されていて、これは賞味期限が近いからというわけではない。


この日本では狩猟奇具に対する産業革命が起こっており、他の国に対して輸出などが行われている。


兵器売買なんて元の日本じゃ考えられない事だが、この世界では、日本は多くの化物との戦闘が多く、武器製造と科学技術が異常に発展しており、今では全世界に日本製の狩猟奇具の売買が行われている。


だからか、この都市では物価が安くなっている経済効果が働いていた。


プルタブを開くと、炭酸の弾ける音が聴こえてくる。

柑橘類の様な酸味を味わいながら、俺はジュースを流し込んだ。


「あれぇ?誰かと思ったら九条くんじゃーん」


遠くから威勢の良い声を発する男がやって来た。


俺はその男に向けて軽く会釈をする。

その軽薄そうな男を俺は知っている。


「どうも、百槻どうずき


百槻どうずき与一よいち

『なれど』シリーズをプレイしたファンならば、知らぬものはいない。

彼は、『なれど狩人は化物を喰らう』の登場人物。

いや、主人公だった。


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