第17話 不公平の立証者

 

「結論から言うと、リリーシア嬢は我が国で預かっている」


 その言葉にアレクシオは応接室のテーブルに手をついて身を乗り出した。そして強張っていた身体から一気に緊張が抜けていく。

「それは本当ですか殿下!?」

「ああ、本当だとも。元気にしている」


(リリーシアが……生ていた!)

 鷹揚に頷くリンゼルにアレクシオが喜びを噛み締めていると、レイジェラ公爵が深く息を吐いた。


「ああ……我が家の汚点が貴国に入り込んでおりましたとは……誠に申し訳ございません殿下。それの事は直ぐにでも処刑して頂いて構いません。あれも貴族令嬢として育てられたのです。引き際くらい察する事ができますので」


 その言葉にアレクシオが目を見開くのと同時に、レナジーラが頬を強張らせながら口を開いた。

「……まあ、ご息女が心配ではありませんの?」

「残念ながらアレとはもう縁を切っております」

「ええ……我が国の聖女を害そうとした謀反者でして。畏れ多くも国の象徴たる聖女を羨み、呪術を使い彼女を陥れようとしたのです」


 首を振り見切りを告げる公爵とそれに同調する宰相にリンゼルが声を張る。

「はっ、呪術? それらはこの国が輸入出来ないように手を回しているというのに、どう手配したのだろうね?」


 嘲笑を含んだ同意を求めるリンゼルに、宰相がへつらうように口元を歪めた。

「いや全く神をも恐れぬ暴挙といいますか……」

「おや、つまり貴殿らは我が国の税関が仕事をしていないとでもいうつもりかい?」

「いえ、まさか!」

「そんな筈ありません!」


 察しの悪い重鎮たちは額に汗を掻き、リンゼルの顔色を窺うのに必死だ。

 そんなやりとりから顔を背けるようにレナジーラは扇を広げ目を眇めた。

 

「──ねえ殿下、もういいではありませんか。自国の貴族令嬢が他国に保護されていると聞いてこの反応。ラーシャの言葉に間違いは無かったのだわ。無知だけならまだしも、ここまで薄情では救いようがありません」


 話を断ち切ろうとする意図は分かるが、それでも折角見出したリリーシアへの手掛かりなのだ。アレクシオはリンゼルへ向き直り食い下がった。


「……失礼、リリーシアがそちらにいるという事情が飲み込めないのです。私の記憶では、彼女は最後に怪我を負っていて……とても国境を越える体力などあるように見えませんでした」

「……ふん、流石殺そうと仕向けた本人の発言ですわ。説得力が違う事。この国では王族が謂れの無い暴力を振るう事を黙認されているのね。恐ろしいわ……」


 苦々しく口にするレナジーラにアレクシオは驚きを隠せない。

 両親も宰相も顔を跳ね上げた。

 勿論彼らもアレクシオがリリーシアを追い詰めた事を知っている。見失った挙句、彼女に聖女を害した罪に問えなかった事を惜しんでいたのだから。


 彼らは未だエアラに利用価値を求めている。

 リリーシアとの婚約破棄をしてまで担ぎ上げたエアラは、既に国にとって簡単に失える存在では無くなっているのだ。


 けれどその盤面をひっくり返すにも、やはりリリーシアが必要で──同じ理由で彼らがリリーシアの身柄を抑えたいと知っていても、今度こそ守ってみせるとアレクシオは固く誓っていた。

 

「失礼、何を仰っているのか……」

「そうです、確かに彼女の罪を問う為に兵を使い追い詰めましたが、攻撃したのは抵抗されたから致し方ないのです。これも公正な裁判の為──」

 決意を秘めるアレクシオを他所に、宰相たちは自国の正当性を力説しだす。

 内心で舌打ちしていると、そこに場違いに明るい声が室内に響いた。




「帝国の王太子殿下にご挨拶申し上げます。私アレクシオの婚約者のエアラです!」




 ──室内の者は口を丸く開けて声の方を向いて固まった。

 その視線を受け嬉しそうに、そこにいる筈のない女性──エアラが形ばかりのカーテシーを取り微笑んでいた。


 そのままいそいそとアレクシオの隣に腰掛けるエアラに、レナジーラの目元は益々不快気に歪んでいく。


「……どこが公平? 何故自由にしているの? 裁判すら行われていないでしょうに」

 低くなる声に室内に剣呑な空気が漂う中、エアラだけは一人場違いな空気で明るい声で話し出す。


「うふふ、帝国の方ってとってもカッコいいんですね。私アレクシオの婚約者じゃなかったら好きになっていたかもしれません」

 リンゼルとその侍従の表情が強張るのも気付かず、エアラはちらちらと二人へと秋波を送る。


 その場の空気を表すように、ぴきっと扇にヒビが入る音が聞こえた。

「……そう、それはどうも」

 そんな様子の婚約者の背中を撫でながらリンゼルは対外的な笑みで応じる。


 やっと意識を取り戻したアレクシオは、エアラを凝視し口元を戦慄かせた。

「な、何故君が? ……まだ釈放の許可は出していなかっただろう?」

 そう問えばエアラはこてんと首を傾げる。


「え? 国王様が出してくれたのよ? だって王太子の婚約者がいつまでも牢にいるなんて外聞? が悪いからっ、て?」

 にっこりと笑うエアラから目を逸らし、父を睨みつける。


「……いや、だがワシは部屋にいるように命じた、のだが……」

「こういう場では絶対私は挨拶した方がいいと思って。私、皆を説得しました! 私頑張ったんですアレク、褒めて下さい!」


 目を泳がせる父にも、胸を張るエアラにも頭を抱えたくなる。

 まさかこれ程場違いな行動を取るとは思わなかった。

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