神絵師、面談を受けました。
「さて…鍵谷…いや、ここではかやくんとでも呼ばせてもらおうかな」
「大丈夫ですよ、赤月さんのお好きなように呼んでいただければ」
会議室に通された俺、そして二人の代表だけがその場に残り、他の二人は…会社には居たので作業に戻ったのだろう。
「ふふ、分かったよかやくん。じゃあ今日ここにきたのも、ちゃんと理解してのことで良いのかな?」
「もちろんです。私も赤月さん…えぇと、赤月代表に今回の件を説明しようと思い参った次第です」
「ふむふむ。僕もキミがここに入社するって聞いたから…ある程度は事情を聞いてるんだけどね。あらためてキミの口から説明をしてもらいたいのさ」
「えっと…ごめんね鍵谷君。一応雇用前の話は聞いたけど…もうちょっとだけ詳しく聞かせてもらってもいいかな?」
責任の追及と現状打破。二人からは異なる目が向けられる。俺からは拒否する理由もないので。
「わかりました」
と短く答える。
でも、何から話をしたものか…。
「えっと…まずは…辞める経緯からですが…」
…辞めるキッカケというべきか…守秘義務に関わるのは「作品の内容」だけだったので、業務内容は問題ない。
「一言で伝えますと、私の元上司のパワハラがきっかけでしょうかね」
もともとの仕事…いわゆるグラフィックは会社によって異なるけど、俺はチーフ補佐…という名の雑用と線画修正とすべての着彩作業担当、そしてクオリティチェックと他社間のやりとりだ。
本来原画に対して会社の指定で色を塗っていくのが「グラフィック」であるのに対し、ブラックパースでは「線画の修正と着彩」、そして「背景の着彩作業」をメインとしている。まぁ…それが業界の常識かと言われたら肯定できない。特に前者。それも「線画の修正」はおかしいのだ。もちろんはみだしや線と線がつながってない問題みたいな、些細なことはいいんですよ。えぇ。問題はその内容なんですよ。
用意されている原画が「デザイナーのデの字も知らない人が書いた絵コンテ(落書き)を少し整えておきました」みたいなモノ。「こんなクソみたいなコンテが使えるわけねーだろボゲ!!!」って一時期キレて上司と喧嘩したけど…まぁそこは良い。その原画を全部修正する、という作業を込みにグラフィッカーチームにしているため、グラフィックチームの作業がとんでもないのだ。
まぁここまで言えばわかると思うけど…、要は原画が原画担当として成立していないのがブラックパースの大問題なんだよね…。
なので一日に何十枚というコンテや背景ラフなどをすべて修正する必要があり、それを担えるのが最後俺だけという現状。そら…俺がやらなきゃ終わるでしょ、とかいう謎の強迫観念に追い込まれていたことで、ギリギリの綱渡りをこなせていた。
それを一年近く…あれ? 二年か? 覚えてないな…。でもそれくらい続けた気がする。
幸か不幸か、俺が担当するようになっては契約終了や都合などで辞める以外の離脱者が減ったのはなんとも…。でも誰も線画修正をやってくれなかったのは遺憾な事だ。ふじこふじこ。
「で、いろいろとタスクを掛け持ちしながら全員に指示をだしておりましたが…、バイトの子たちが全員疲弊直前だったので…これ以上は誰もグラフィックチームが持てないんです、という状況のなかで上司が更に納期前日の仕事を持ってきたので…我慢の限界が来ちゃいまして…」
で、結果、社用のスマホ(モニターが一部欠けている)と机の一段目に忍ばせていた辞表を机の上に置いて辞めてきた。という流れだ。
説明を終えて二人をみたら唖然としている。でもね。客観的な立場にいれば俺だって同じ気持ちだと思うんだ。
「…かやくんは娘と同じ大学…だよね?」
「えぇ。代表と違って単位はかなりギリギリですが…」
「ふむ…。逃げ出したことに対する是非はいっかい置いておくとして。それで体調を崩さず続けられているのだから、素晴らしいことだと思うよ。誇っていいさ」
「あ、ありがとうございます…」
褒められるけど精神状態がまともじゃなかったことについては追及されていないのだから、素直に受け取れない…。
「あぁ、それと私自身は大したことないんですけど…流石にコレは不味いんじゃないかなとも。一応何度か上申してはいましたけど…」
さっき航たちに見せた通帳を見せて説明するとあからさまに表情が変わる。流石にこればかりは逃げることのない証拠なのだから、
一人は明らかな怒りを、もう一人は失望を。
……うん、これはだめだな。
「とまぁこういう経緯だったので、ブラックパースは辞めさせていただいた次第です。」
「うん、わかった。話をしてくれてありがとう」
ほっ、素直に聞いてくれただけで赤月社長は上の人としては悪い人じゃないのだろう。少し安心した。
「キミが辞めた事情については理解したよ。ではもう一つ…」
安心はしたけど、まだ油断はできない。社長は今度「経営者の顔」となって話を切り出してくる。
「仕事から逃亡した、ということについてはどう思っているのかな?」
「お、お父さん!? 鍵谷君は…」
「違うよななみくん。僕はね? 自分が任されていた仕事に対する責任について聞いているんだよ。個人の私情はどうだっていいのさ」
確かにその通りだ。
会社に従事している人間は労働の義務がある。仕事をしている人間ならだれでも知っている常識。言い方を変えれば俺のコレだって逃亡だし、今オフをもらっているのだって責任がない、と言われてしまえばその通りだ。
「もちろん責任はあります。私自身もサークル主として代表をやっている人間ですので、逃げた以上はこちらには完全に非がないと言うつもりはありません」
だけど、
「辞める前に与えられた仕事、企業様へのサポートとフォロー体制は、いつ抜けても大丈夫なようにフローをまとめてサーバーへまとめてアップしております。らくがきそふと同様に他企業様については事情説明をしたうえで引継ぎなどは上司宛に連絡を送っております」
それに…。
「私が逃亡したとしても、私が用意したフローに従えば数日間は持つはずですから、その間に引っ張る人がいなければ、それはポストを用意できなかった無能な上司が悪い、そう言わざるを得ません」
そもそもの話だけど。
「給料すらまともに支払わない会社に、責任を問われた時点でナンセンスな話だとは思っています」
俺からの畳掛けフェイズはこれで終了…。うん、言うべきことは全部言ったかな。あとは社長がなんていうかだけど…。
「ふむ、キミの意見はわかった」
なにやら考え込んでいる赤月社長。
「あ、じゃあ私から…」
今まで黙っていたななみさんから質問が。
「えっと…これからは神絵師「かや。」として、らくがきそふとへ席を置いてもらうことになると思いますが…それについてはどう思ってますか…?」
「ん……?」
ななみさんの質問の意図が……あっ。
もしかして。
「そうですね、契約を結ぶ際に赤月代表に提示して頂いた条件は、グラフィッカーとしても「かや。」個人としても満足できる内容でしたので、辞めようと思っていた私にとっては幸運の女神かと思いましたね」
ななみさんのことだから、気を使ってくれて…。たぶん意図することは、社長の前でらくがきそふとに入ってよかったアピールをすればいい…んだよね?
社長モードでポーカーフェイスを貫くななみさんはいつもに比べてわかりづらい。
「なので、らくがきそふとさんに席を置かせて頂く以上、これからは全力で赤月社長に尽くしていければ、と」
「ふふ、ご丁寧にありがとうございます。私からは以上ですが、赤月社長からは何かありますか?」
「いや、僕も聞きたいことは聞けたから、今日の所はこれまででいいかな。急に訪ねてきて悪かったね、かやくん」
「そんなことありません。本日はメーカーのトップたる赤月様にお会いできて光栄でした」
「神絵師様にそういってもらえると嬉しいよ。それじゃあまた、ね」
「はい、この度はご迷惑をお掛けしまして、申し訳ありませんでした」
素直に頭を下げたけど、社長は何も言わずに外に出て行った。
「……はぁぁ…すげぇ緊張した…」
「えっと…康太君、お父さんがごめんなさい…」
「い、いやいや…むしろ俺の方こそ今回はすごい迷惑をかけちゃったから…」
「いいんですよ? 康太君にはいっぱいかけてほしいですし、私からもかけちゃうと思いますから…」
お互い様、ってことよな。
「さっきも言ったけど、らくがきそふとに席を置く以上はななみに尽くしていけるように頑張るからさ、何かあったら頼ってくれよ?」
と言ったところで、ななみが俯き、そして頭から煙が爆発した。
かのような幻覚が見えた。
「ひゃぅぅ…、こ、康太君…は、はじゅかしい…///」
「ははは。これは赤月の将来は安泰かな?」
!?
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