10:女王たちの戯れ

「私が……新しい女王に!?」


 思ってもみなかったことを言われて、私は大きな声を上げてしまった。


「まぁ、そういう反応になるよな……」

「トワちゃんもちゃんと説明出来るかと言われると……」


 ヒミコ様とライカ様が軽く頷きながら言っている。

 私はトワ様を睨むように見てしまうけれど、トワ様は平然とした様子だった。それが少し腹立たしい。


「様々な面で調整が必要なのは事実ですが、私も確認をしてしまった以上は女王になって頂いた方が良いと思っています」


 キョウ様が淡々とした口調でそう告げてくるけれど、私は何がなにやらだ。

 遠征に出たかと思えば死にかける目にあって、蝶妃に覚醒することが出来たのに思ってもいなかったことばかり起きている。目眩を起こしてしまいそうだ。


「でもよ、新しい女王って言ったってどうするんだ? トワも言ってたけどよ、女王になったから私たちと同じ扱いには出来ないだろ?」

「そもそもアユミには眷属がいないからね」

「なのに女王になるって話をしてもいいものなのか? 女王になったからってコイツに何をさせれば良いんだよ? なぁ?」

「えっ、わ、私に振られましても……?」


 ヒミコ様が話を振ってきてくれるけれど、私はどういうことなのかさっぱりわからない。


「まぁまぁ、落ち着いて。アユミちゃんも話ぐらいは聞いたことがあるでしょう? 蝶妃の派閥ごとに得意なお仕事があるってこと」

「え、えっと……授業で教わる程度なら」

「じゃあ、お互いの認識を摺り合わせるためにもアユミちゃんが知っている限りでいいから説明して貰えるかしら?」


 ライカ様が微笑みながらおっとりと対応してくれる。その優しさに触れたことで私も少し落ち着きを取り戻すことが出来た。


「そ、それでは……蝶妃は四つの派閥があります。紋白、青蜆、黄立、赤斑、派閥ごとに頂点に女王がいて、派閥に属する蝶妃、蝶妃候補生たちがいます」

「そうね。では、派閥を分けている基準は?」

「派閥を分けているのは女王の持つ刻華虫こくかちゅうと同じ性質を持つかどうかで決まります。女王の下に付く蝶妃たちを眷属と呼ぶのも、それが理由になります。その性質が異能にも関わってきます」


 私の答えに満足そうにライカ様は頷く。机に肘をつけて、手で頬を支えながら質問を続けた。


「正解よ。じゃあ、次に各派閥の異能の特徴を答えて。まずは紋白から」

「紋白は光の異能を持ちます。光を武器に纏わせたり、光線のように放ったりすることで攻撃に使えます。派閥の中で最も数が多くて、防衛や遠征で最も戦果を上げている派閥になります。それ故にエリートのように扱われ、そのように振る舞う人が多いです」

「では、私が青蜆について質問しましょう。答えてみてください」


 話に乗るようにしてキョウ様がそう問いかけてきた。相手がライカ様じゃないと緊張してしまうけれど、澱みなく答える。


「青蜆は氷の異能を持ちます。その氷を武器や攻撃にも用いることが出来ますが、その特性が防衛に向いているのでガーデンの防衛を主に担当しています。他にもガーデン内の治安維持なども担当していて、性格的に冷静な人が多いので向いているという話も聞いたことがあります」

「ちゃんと勉強してるわね。じゃあ、次は私の黄立ね」


 クスクスと笑いながらライカ様が改めて質問をしてくれた。私は一つ頷いてから返事をする。


「黄立は雷の異能を持ちます。戦闘以外にも使える場面があるので、戦闘だけじゃなくて幅広い分野で活躍していると聞きます。食糧の備蓄や医療の充実など、とにかくサポートに徹してくれているので皆が助かっていると言っていました」

「あぁ、ライカには本当に頭が上がらんからなぁ。こいつが怒ったらメシを抜かれるなんてしょっちゅうだぞ?」

「ヒミコちゃん?」

「よし! 次は私の赤斑について説明してみろ!」


 ヒミコ様がライカ様を茶化すけれど、不穏の気配を察するなりすぐに私に話を振ってきた。


「は、はい。赤斑は炎の異能を持ちます。その破壊力は紋白の光の異能にも負けず、劣らずです。戦闘以外での活躍では、職人の道に進む方が多いと聞いています」

「後、だいたい派閥の皆も揃って喧嘩っ早くて暑苦しくてうるさい」

「おい、トワ。その喧嘩、買ったからな? 後で覚えてろよ?」

「私に勝ってから勝ったって言って」

「そっちの〝勝った〟じゃねぇよ!」


 トワ様まで茶々を入れてきて、ヒミコ様が噛みつくように反応している。

 ただのじゃれ合いなのだと思うけれど、立場がトップの人たちのじゃれ合いは胃にはよろしくないと思う。


「気付いた?」

「はい? な、何がですか、トワ様……?」

「当然だと思ってるから気付かないかもだけど、貴方の異能はどれにも当て嵌まってない」

「……あっ」


 改めて指摘されて、私もようやく意識することが出来た。

 私の使った異能はどの派閥にも当て嵌まらないものだ。成る程、だから私が新しい区分の蝶妃だとトワ様は確信していたんだ。言われてみれば当然の話だ。


「蝶妃に覚醒すると、候補生の頃には意識してなかった部分で〝当たり前〟みたいに感じることが増えるからな」

「実際、見ている世界が違うからと言えばそうなのだけどね」

「でも、候補生と話す時は少し意識した方が良い。思っているより私たちと候補生の間にある隔たりは大きいから」

「……わかりました。意識しておきます」

「しかし、どんな異能を使ってたんだ? トワは見たんだろ?」

「ちゃんとは見てない。でも鎧虫の甲殻をあっさりと砕いてた。あと、ブレードの刀身がアユミの力に耐えられなかったみたいで壊れてた」

「アァッ!? ウチが作ったブレードが耐えられなかっただとぉ!?」


 勢いよく拳を机に叩き付けながらヒミコ様が猛りだした。

 まるで噴火したかのように勢いを増したヒミコ様がそのまま私へと視線を向けてくる。


「おい、どういうことだ!?」

「え、えっと……無我夢中だったのでよくわかりません……」

「この私が、そして私が育てた蝶妃たちの武器が耐えられなかっただと……? 面白ぇ!! お前、後で私のところに顔出せよな!!」

「また今度にしてね」

「わかってるよ!」

「ん。じゃあ、話を戻す」


 ぱんぱん、と手を叩いてからトワ様がヒミコ様を宥めてから話を続けた。


「ガーデンは長いこと、この四派閥がそれぞれの役割を全うすることで上手く回ってきた」

「ですが、安定しているのと引き換えに長年の停滞を生み出してしまったのも事実です。その停滞によって固定化した意識が問題となってまして……」

「まぁ、ぶっちゃけ問題児は紋白だな。数が多いからって選民意識ばっかり高まりやがってよ?」

「凝り性で武器や資材の扱いにうるさい赤斑は反省して?」

「あらあら、本当に問題がなくて優等生なのは私の黄立じゃないかしら?」

「インスピレーションが高まったとか、新しい作物を生み出したいとか言って余計な資材を浪費してるのは黄立も一緒」

「あらぁ? キョウちゃんのお得意のお小言が出ちゃったわね? ちょっと提出書類が遅れただけっていつも言ってるじゃない」

「そうだそうだ!」

「キョウは細かい」

「その細かくて面倒な事を押し付けてるくせに怠慢まで極まってるとは、これだから青蜆以外の派閥は慎みがないって言われるんですよ? 理解してます? その頭、中身は入ってます?」


 私が何も口を挟めない間に女王様たちの空気がギスギスし始めた。そんな空気に飲まれた私の胃が捻り上げられるように痛む。なんでいきなり仲が悪くなってるの!?

 そんな思いで唸っていると、ライカ様がクスクスと笑い出した。


「ふふふ、驚いちゃった? 少し大袈裟にやった面はあるけれど、派閥間の関係ってこんな感じなのよ」

「長いこと大きな変化がありませんでしたからね。そして蝶妃は同胞には愛着を、他の派閥の蝶妃には反りが合わないという感覚がどうしても存在してしまいます」


 ライカ様の説明に続けて、キョウ様が詳しく補足してくれる。


「こればっかりは意識してねぇとどうにもならねぇんだよ、蝶妃の本能みたいなもんだ」

「それって〝塗り替え〟に対する拒否感ですよね?」

「そういうこった。だからちゃんと意識して仲良くしてねぇと……よく揉めるんだわ、これが」

「仕方ない、蝶妃はそういうもの」


 ヒミコ様が大きく溜め息を吐いて腕を組む。そこにトワ様が淡々と言葉を続けた。


「どの派閥も欠かせないけれど、どうしてもガーデンだけの資源でやっていくには限界がある。だから外に意識を向ける必要があった」

「それで外に出て活躍しやすい紋白を多少なりとも優遇をせざるを得なかったんだがな」

「それが選民思想になりつつあって、それが問題になってたのよね」

「別にどのような思想を持とうが、それが全体の益になるのであれば見逃します。しかし、最近は目に余る紋白の蝶妃や候補生が増えたのは事実です」

「うん。それで今回の遠征でアユミも死にかけた」


 トワ様が淡々とそう言った瞬間、私は紋白の候補生たちを思い出してしまったけれど、すぐに霧散して消えてしまう。

 もう報いは受けたし、報いを受けたのならこれ以上、意識していても下らない感情ばかりが積み重なるだけだ。


「だからこそアユミには新しい女王になって欲しいと私は思ってる。今の凝り固まった派閥関係は面白くないから」

「お、面白くないって……そんな理由で良いんですか?」


 思わず問いかけてしまったけれど、少しだけ私は問いかけてしまったことを後悔することになる。



「――面白くないと人はつまらなくなる。つまらない人はすぐ死ぬ。もしくは下らないことで誰かを殺すようになる。……そんなつまらない生き物、生きてる価値ないでしょ? 皆がそうなるなら、いっそ滅んだ方が良いのかもね」



 ――私は寒気を感じずにはいられなかった。

 この人は……面白いと思わなくなったら、躊躇いなく全て殺してしまうだろう。それこそ鎧蟲を駆除するのと同じように。

 面白いか、面白くないか。トワ様は、そんな基準で生きている人なんだ。

  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る