『運命』の捉え方

日諸 畔(ひもろ ほとり)

前編 彼の思い出と、これからの想い

 運命という言葉はそんなに好きではない。

 どんな経緯があっても、どんなに悩んでも、どんなに愛していても、それは結果論に過ぎないと言われているようだから。


「んあー」


 俺に膝枕されて、変な声をあげる彼女を見つめる。明日は日曜日だからと、宅飲みに誘われた末路がこれだ。日付が変われば、彼女の誕生日だ。

 彼女とお付き合いを始めてもう一年になる。二人とも大人ではあるので、それなりに、まぁそれなりにすることはした。今日だってそのつもりで来たし、別のことも考えていたが、この有様だ。どうやって起こしてやろうか。

 それでも、俺は彼女のこんなところが好きだった。


 彼女とは会社の同期の間柄だった。同期といっても、俺は中途入社で彼女は新卒。たまたま四月というタイミングが合っただけだ。後から知ったことだが、年齢は十二歳差だった。

 一週間ほどの集合研修が終わり、俺は早速新規プロジェクトに配属された。彼女ら新卒は、これから数ヶ月の研修を受けてそれぞれの部署に配属されると聞いていた。

 当時はほとんど話すこともなく、ただ元気な子だなという印象を持っていただけだった。その記憶も、配属後の忙しさであっという間に薄らいでいった。


 入社から半年ほど経った時、同期のメンバーで飲み会をするという話が聞かされた。お情けで中途入社も誘ってもらえるとのことだった。多少気まずいとは思いつつ、仕事で悩んでいた俺は発散になるかなと参加を決めた。

 その飲み会で俺は彼女を気に入っしまった。きっかけは、しょーもない愚痴をニコニコと聞いてくれたこと。我ながらチョロい男だと思う。

 さすがに年の差があるから、女性として意識はするものの恋愛感情は持っていなかった。そんな俺の気も知らず、彼女から頻繁に飲みに誘われた。

 若い女性と飲めるのは嬉しかったし、愚痴も聞いてもらえる。彼女の愚痴を聞くのも、なんだか楽しかった。

 いわゆる飲み友達だ。俺はそのポジションを維持するのに必死で、彼女の個人情報には極力触れることをしなかった。だから誕生日はおろか、彼女の気持ちなんて知れるわけがなかった。


 そんな関係が一年半ほど続き、俺は驚愕の真実を知ることになる。

 四月のある日、いつものように飲みに誘った。普段より酔っ払った彼女は、今日が誕生日だと言った。内心「しまった、やべぇ」と思いつつも努めて冷静に祝いの言葉を述べた。

 彼女は俺の態度に悪酔いしたのか、家まで送れと言う。途中のコンビニではチーズケーキが欲しいなんてわがままも言って。正直、可愛かった。


 アパートまで送り届けた俺は強引に中に連れ込まれた。買ってきたカップケーキを食い散らかし、彼女は眠ってしまう。

 あの時ほど、自分の煩悩と戦った日はないと思う。なんとか耐えた俺を今でも褒めてやりたい。


 翌朝、頭がボサボサの彼女に「好きです」と告げられた。俺は頭が混乱しすぎて、逃げ出すように彼女のアパートから出た。

 あの態度は酷かったと思う。絶対幻滅されたとか、おじさんが調子に乗るなとか、なんかいろいろなマイナス思考が頭を巡っていた。

 落ち着いた頃、よくよく考えてみれば、俺は彼女のことが好きだった。せめてものお詫びの気持ちに、美味しいと有名なチーズケーキを買って再び彼女のアパートに向かった。そして俺は、彼女に自分の想いを告げ、晴れて恋人同士になった。


 その時聞いたのだが、彼女は例の飲み会以来、俺の事を好きだったらしい。だったら早く言えよと、お互いに笑ってしまった。

 同僚に付き合い始めたことを話すと、何を今更と呆れられた。彼女の同期も同じことを言っていたらしい。

 恋人としての日々は、とても楽しいものだった。意外とだらしなかったり、お笑い番組が好きだったり、彼女のいろんな側面を知ることができた。それは、俺に決心をさせるのに充分すぎる濃密な時間でもあった。

 いい歳だし、責任はとりたい。そしてなにより、彼女を今以上に独り占めしたかった。


 そういえば去年の誕生日も、こんな間抜けな寝顔をしていた。あまりにも微笑ましくて、俺は長い髪を撫でた。君は隙を見せすぎだ。だから簡単に個人情報が手に入るんだ。指のサイズをこっそり測るのなんて、実に容易いことだ。

 しかし、こんなにも油断されると、俺の決意が揺らいでしまう。やっぱり酒の勢いで告げることではない気がしてきて、俺は彼女を起こすのをやめた。


 彼女は運命という言葉が好きだ。結果が良ければ過程も含め全て良くなるからだそうだ。そこだけ意見が合わないのがしゃくだけど、この子のことが好きなのだから諦めよう。


 朝起きたら、またボサボサの髪で驚くだろうか。彼女の左薬指にそっと指輪を通し、俺はラグマットの上に寝転んだ。

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