11●戦場の謎(3):ハテナが一杯スターリングラード…マンホールの方が仰角大!

11●戦場の謎(3):ハテナが一杯スターリングラード…マンホールの方が仰角大!





       *


 そして、第三のハテナ? です。


 前章で述べた状況描写の繰り返しになりますが……


 標的は、地上45メートルの高さの給水塔のてっぺんに陣取る敵狙撃兵。

 イリーナとセラフィマは、自分たちの射撃拠点を、「目標から、八六〇メートル」の位置にある、路面の「マンホール」に変更します。(P252の14~17行目)

 その理由は……

 アパートから狙うと、目標の給水塔までの距離は600メートルですが、あえて、距離860メートルという遠くのマンホールから狙うことで「射撃距離を長く取ることによって仰角を抑え」るためだと説明されます。(P253の7行目)


 一方、アパートの8階(推定22メートルの高さ)から、600、高さ45メートル(彼我の高低差が推定23メートル)の給水塔のてっぺんを狙うのは、単純化すれば……

 126のに近い角度になります。


 そこで、マンホールから狙う場合と比較します。

 マンホール(路面なので高さゼロメートル)から、860、高さ45メートルの給水塔のてっぺんを狙うのは、単純化すれば……

 119のに近い角度になります。


 高さが1センチで、底辺が26センチと19センチの直角三角形を二つ、画用紙に描いてみれば、一目瞭然ですね。


 ので、かえって不利なのです。


 ですから“第三のハテナ?”は…… “P253の2~7行目でマンホールが有利だと説明したイリーナってウソツキ!?”です。


 おかげで下水のニオイを我慢して極寒の零下の地べたで三日間も我慢したのは、何だったのよ!(P258の2~11行目)、これじゃ、アパートの温かい8階(ストーブあり)から、もう一度12.7ミリ重機関銃で狙った方が良かったじゃない!

 ……と、セラフィマが毒づいてもいいような気がします。


 うーん、ここは説明しにくい……。

 『同志少女よ、敵を撃て』はミリタリーかミステリーか、はたまたミステイクか?

 

       *


 思いますに……

 こう考えればキレイに説明できます。


 イリーナは最初から、仰角が大きくなることを承知でマンホール行きを勧め、セラフィマをだましたのです。

 なぜ?

 そりゃあ、“二人一緒にマンホールに入りたかった”からでしょう。

 昼なお氷点下の戦場、しかも狭くて暗いマンホールの入口。

 そこに二人並んで銃を構える体位。

 寒い、狭い……

 そうなると、二人は自然と身体をくっつけ合い、互いを温め合うしかありません。

 そう、イリーナはセラフィマと一つの穴を共有したかったのです。

 イリーナ、実は内心でムフフな気分。

 産道を通る途中の、生まれゆく双子のように、ぎゅっと身体を寄せ、互いの吐息すら分け隔てなく呼吸する二人にとって、マンホールの下から立ちのぼる下水の悪臭すら、かぐわしい百合の芳香に感じられたことでしょう。

 セラフィマのイリーナに対する反感が、どうしようもない共感に入れ替わってゆく、甘美にして貴重なひとときとなったはず。

 だって、そうでもなきゃ、三日間も我慢できませんよ!


       *


 なんだか『名探偵コ●ン』なレベルの謎解きになってしまいましたが……

 この“第三のハテナ?”は、浅はかな私の読み取り不足、思い違いかもしれません。

 皆様にはぜひ『同志少女よ、敵を撃て』を熟読していただき、ご検証くださればと存じます。無責任ですみませんが……

 私の思い違いでしたら、作者様、私の素人ゆえの頭のボケと混乱であります。

 何卒失礼をお許し下さい……



       *


 それにもうひとつ、“そもそも”な問題があります。

 二人が使用するライフル銃、SVT-40(トカレフM1940半自動小銃)は、有効射程が500メートルとされています。またパヴリチェンコ女史の自伝『最強の女性狙撃手』(原書房2018)の序文(P10の6行目)では「600メートル」とあります。(ちなみにモシン・ナガン系列の狙撃銃は同書P9の後ろから4行目で「千メートル超」とされています)

 つまりSVT-40で860の給水塔を狙うには、もともと難があると思われます。

 放物線で射撃して、なんとか弾を届かせることができても、ピンポイントの命中は困難でしょう。

 このあたりの事情はP255から256で説明され、それでも二人は銃の性能限界ともいえる860メートルの射撃に挑みます。しかしその射撃法は、一定の散布界の中に弾を落とすという精度にとどまり、P261の13~14行目で「狙撃兵の理想とする一撃必殺にはほど遠い」と表現されています。

 つまり、ピンポイントの着弾制御は困難。

 しかしセラフィマは、P262ページの15行目で、敵兵のヘルメットを撃ち飛ばすという、ピンポイント射撃をやってのけます。

 彼女が超人的な能力を引き出した、とも読み取れますが……


 ここで“そもそも”な疑問が生じます。

 それなら最初から、射程が千メートルと長いモシン・ナガン系列の銃に持ち換えて、射撃すべきでは?

 モシン・ナガン系列は弾倉に五発入ります。

 二人分で計十発、おそらくピンポイントの正確な着弾で十発、命中できます。

 一方、P261~262の描写では……

 SVT-40は弾倉に十発入ります。

 射程限界を超えた、ピンポイントを狙えない着弾で、二十発。

 つまり、ピンポイントが可能なバッチリ正確な十発と、やや不正確な二十発の比較となります。


 結局、敵兵のヘルメットに命中させるピンポイント射撃で決着をつけたわけですから……

 最初からモシン・ナガン系列で狙えばよかったのでは?

 P255から256の説明で苦心する必要もなくなりますし。



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 さらに、第四のハテナ? ですが……


 給水塔の敵狙撃兵の射撃を視認したマクシム氏は、アパート8階のアジトの窓から12.7ミリ重機関銃を乱射します。(P248後ろから5行目~P249の3行目)


 アパートの8階から、最初に12.7ミリを乱射する場面です。

 このあと一同は、翌日の夜明け前に狙撃兵討伐の作戦会議などいたしますが……(P251の3行目以降)。


 すぐ、逃げた方がいいんじゃね?


 つまらん素人ながら、そう思ってしまいます。

 重機関銃をだだだだだだだだっと撃ってしまった以上、こちらのアジトの場所はドイツの皆さんにバレバレです。

 砲声はスターリングラードの街じゅうにわんわんと響き渡り、発砲炎も煙もビカビカメラメラです。

 あのアパートの八階だ! と、ドイツ兵がみんな指差し、気付いてしまいます。

 そうとなったら、次の瞬間に何が飛んでくるかわかりません。

 ドイツ側だって、有効射程が推定二千メートルの重機関銃をアパートの八階に据えられて、半径二キロも制圧されたままにしておけないでしょう。

 いくら苦戦のドイツ軍でも、迫撃砲に戦車砲、あるいはお家芸の88ミリ平射で巨弾を撃ち込んできて不思議はありません。

 88ミリなら一発か二発の命中で、八階アジトは粉々です。

 セラフィマ、逃げろ!

 イリーナはすぐさま、そう警告すべきでは?


 だって、P177の最後から2行目で、こう教えているじゃないですか。

「一カ所に留まるな」と。


 隠れ場所のバレたスナイパーは、まず逃げなきゃ殺されます。

 それが鉄則であること、第二章冒頭の引用(P45~46)で肝に銘じられているはずですね。


 ですから“第四のハテナ?”は、“機関銃を撃ってバレバレのアジトを、どうして陣地転換しないの?”です。


 これ、スターリングラードの数々のフシギの中で、一番基本的で不可解な謎といえるでしょう。



       *


 さらに付け加えるならば……


 P244の9行目で「集合住宅を拠点とする敵中隊の狙撃兵」が排除目標と明示されますが、この“中隊”はどこへ行ってしまったのか、そのあと“給水塔の狙撃兵”に熱中して、忘れてしまったのでしょうか?


 そして狙撃兵討伐の作戦会議の内容です。(P251の7行目からP252の10行目)

 ここで「給水塔がバレたことはカッコーも理解しているんだ。おそらく次は別の場所から来る」(P251の最後の行)とするユリアンの言葉に対して、イリーナが次のP252の9行目で「敵の出現位置を給水塔一か所に固定し、そこに現れることをひたすらに待つ」と、相反する決論を出している理屈が、私にはよくわかりません。

 「狙撃兵は自分の物語を持つ」(P252の6行目)とユリアンが言っても、相手の狙撃兵は、こちらに12.7ミリ重機関銃があることを知っています。

 わざわざ重機関銃にもういちど撃たれるリスクを冒すとは思えません。

 それこそ、作者様が、第二章の冒頭の引用文で……

 「彼の計画は驚くほど容易に運び…(中略)…ロシア兵がバタバタと袋のように木から落ちてきた」(P46の3~4行目)

 ……と、肝心な部分を「…(中略)…」にされた、それと同じような目に遭うわけですから。



 うーん、やっぱり不可解。

 謎が謎を呼ぶ、ハテナが一杯スターリングラードのまきでした。





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