第3話 幕間 帰路とイヌ

 一八時五〇分、そろそろ資料室が閉まる時間になった。

 ヘンな女とのやりとりで一時間近く無駄にした俺は、今日の予定を資料室内で終えることができなかった。資料室の中にあるモノは持ち出しができないため、資料が必要な箇所だけを先に終わらせることにした。

 仕方ないので続きは持ち帰ることにした。資料整理くらいなら家でもできるだろう。今後のことを考えると、ここでヘタに長居して、使いにくくなることだけは避けた方が良い。静かに集中できる良い場所なのだ。今日はあくまでも例外だ。


 どうも、と受付に軽く挨拶をしたところ、妙な笑顔で挨拶を返された。てっきり中でのことを咎められるんじゃないとヒヤヒヤしていたのだが、杞憂に終わったようだ。

 そのまま帰路に着こうとしたが、図書館の入口に見慣れた人影を見つけ、げんなりした気持ちになった。今日は邪魔されるわけにはいかないんだよな……どうすっかな……

 しばし逡巡したが、どちらにしろ逃げる手段は無い。唯一の入口はしっかりと防がれているのだ。ならば、少しでも時間を掛けないようにするしかない。次善の策ってやつだ。というか、もう気付かれている。こっちを見て大きく手を振っているからな! 閉館間際で利用者が減っているとはいえ、非常に悪目立ちしている。大声で呼ばなくなったあたり、少しは成長しているのかもしれない。


「よう、もう暗くなってんぞ」

「センパイ、おつかれさまでっす! もう七時ですもんね! 夏ならもうちょっと明るいんでしょーけど。さ、帰りましょー」

「オメー今日は五限無かったろ? 帰れるときは明るいうちに帰れよ……俺がもし先帰ってたらどうすんだよ……」

「まーまー、良いじゃないですか。資料室の使用者にセンパイが居る事は確認していますからね! 受付さんに聞けば教えてくれますし!」

「マジかー……」


 なるほど受付の生暖かい笑顔はコイツのせいだったか、そうかそうか。ハァ……

 予想外のところから、資料室を使いにくくされてしまった。


「なぁ……お前さ、ひょっとしてまだ友達出来てねーの? もう一ヵ月経っただろ。その無闇な明るさがあれば友達くらい居んだろ? 早めにつるむヤツ見つけなねーと、寂しい学生時代になるぞ?」

「センパイに言われると、なんかスゴい説得力ありますけど……ボッチ飯にならないくらいの友達はちゃんと出来ましたよ! ウザくならないように抑えめにしていますしね! でもまぁ、ウチら外様じゃないですか? なかなかガッツリ絡んでくれる子もいないんですよねー」

「そんなもんか」

「そんなもんです」


これだけ賑やかなら勝手に人が集まってきそうな気がするが、案外そうでもないらしい。それで構われやすい俺の所に来るのか。ハタ迷惑な。


「ところでセンパイ? 今日会ったときから気になってるんですけどー……」

「おん?」

「センパイ女のヒトと逢ってました?」

「いいや。逢ってないぞ」

「センパイの肩にながーい髪の毛? が付いてますけど?」

「ネコの毛じゃないか? 抱き上げたときに付いたんだろうな」

「センパイは猫アレルギーですよね?」

「無意識というのかな……可愛いというのは劇薬だな」

「その毛、長さが50センチ以上ありそうですけど?」

「デカいネコだったからな。150センチ以上あったんじゃねーかな」

「センパイ?」

「おう」

「女のヒトと逢ってましたか?」

「逢ってないぞ」

「聞き方を変えます。女のヒトと、髪の毛が肩に付くくらい接触しましたか?」

「……おう」

「残念ですが、有罪ですね……」

「待て待て待て待て! いろいろ事故があって、本棚に押し付けただけだ。つーか何言い訳してんだよ俺は。何が有罪だよ!? オメーは俺の何なの?」

「ふむふむ……あのひとかぁ。すんごい美人さんでしたねぇ……そっかそっかー」

「お、おい……滝野?」


ふむふむとしきりに頷いている滝野。有罪と言い放ちながら、静かに頷かれているのもそれはそれで気味が悪い。


「センパイは面食いだったんですね! あれ? じゃあなんで私に靡かないのかなぁ……」

「おーい、置いてくぞー」

「あ、待ってくださいよー! というか、まだ話は終わってませんからね! 帰ってから詳しく聞きますからね!」

「今日も家来んのかよ……」

「もちろんです! むしろ親は一人暮らしよりもセンパイの家にいる方が安心していますし!」

「親父さんとお袋さんに苦情入れとくぜ、部屋散らかして帰りやがるってな! つーか、今日は作業残ってっから相手できねーぞ?」

「あ、大丈夫です。勝手に遊んでますから。それに、掃除は私の担当じゃないですからね! 家も掃除はお父さんの担当ですし! 第一、作業してようがさっきの話は続きますし、気にしないでくださいね!」


 滝野はそれだけ言い終えると、摘まんでいた毛をふぅっと吹き飛ばし、腕にしがみついてきた。オマケに毛のついていた肩にぐりぐり頭突きをしてきた。とんでもなく痛い。


「めちゃくちゃ痛いんだが……」

「私もけっこう痛いでーす! でも有罪なので仕方ないですねー」


 親父さん、アンタが甘やかしてきたせいで、娘はどんどん不良になってるぜ……


 家に着いた後も、滝野は大人しくしているわけもなく、俺に言いたい放題してスッキリしていたが、聞くに堪えない内容なのでバッサリ割愛させてもらう。

 結局作業の邪魔をされまくった俺は、観念して昼と同じ説明をする羽目になり、徹夜する羽目になったのであった。

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