オワコン

 先輩トレーナーの花がトレーナー室に慌てて入ってきた。そして鈴を見つけるや、腕を振って、

「鈴、大変! こっちきて!」

「なんですか先輩?」

 鈴はなんだろうとすぐに席を立ち、歩み寄る。

「今、下に佐々木さんの息子を名乗る子が来ているんだけど」

 鈴は花に連れられ、バッティングルームの方へと向かわされた。

「ここよ!」

 バッティングルーム隣の素振り部屋で佐々木と高校生くらいの少年がいて、少年が素振りをする佐々木に対して声を張って聞いている。

「まだ野球やんのかよ?」

「なんだ?」

 佐々木は息子らしき少年に文句あるのかという視線を向ける。

「もういい歳なんだから辞めたら」

「野球に歳なんて関係ない」

「あるよ」

 少年の語気が荒くなった。そして、

「恥ずかしいんだよ」

 その言葉に佐々木は素振りを中断する。

 そして息子の次の言葉を待つ。

「周りからオワコンって言われてんだよ。もう辞めろよ。頼むよ」

 そして少年は素振り部屋を出て行った。

「あの、佐々木、さん? ええと、今の子は?」

 鈴はおずおずと尋ねる。

「息子の慎也だ」

「そ、そうなんですか。あっ! 追いかけないんですか?」

「大丈夫だ。あいつも中3だ。……なあ、御堂さん」

「はい」

「オワコンって何?」

(それですか?)

「終わったコンテンツを略してオワコンです」

「終わった……コンテンツ?」

 まだ意味が把握していないようだ。

「つまり古いってことです。誰からも期待されていないということです」

「なるほどね」

 そして佐々木はまたトレーニングを始める。

「恥ずかしい……なんて……言われ……たよ」

「喋りながらやると舌を噛みますよ」

「そうか。ふぅ〜」

 その後。数回素振りをして佐々木は動きを止める。

「なあ? 俺って、もう期待されてないのかな?」

「どうしてですか? この前、記者会見を見ましたよ。記者会見があるってことは人気じゃないですか」

「そうかな。なんかさ、年寄りがどこまで出来るのかという……興味みたいね」

 そう言って、佐々木は苦笑した。そしてまた素振りを再開する。

 なら諦めるのかと鈴は聞きたかった。けどその言葉は喉から出ることはなかった。


  ◯


 鈴が素振り部屋を出ると廊下にいた花が、「どうだったの?」と聞く。

「息子さんで間違いないそうです」

 鈴は歩きながら答える。

「そっか。いやあ、息子だって言って、ずいずい入ったからさ。で、なんだったの?」

「私が来たときには話は終わってたようで」

 口論のことは言わないでおいた。

「ふうん」

「あれ? でも息子さん、ここに住んでんの?」

「正月は家族が来ているらしいですよ」


  ◯


 夕方、皆が帰り支度を始めた頃、トレーナー室で鈴は佐々木と息子さんの件を片付けをしつつ小春に話した。

「ねえ、やっぱオワコンなのかな?」

 そう言って鈴はパソコンをシャットダウンさせる。

「オワコンです」

 小春は即答した。

 あまりにもあっけらかんに言うので鈴は口を開けたまま止まった。

「もう現役選手としての年齢は超えてます」

 小春もパソコンをシャットダウンさせる。

「……だ、だよね。でもさ、ワンチャンまだ現役として活躍できるかな?」

 わずかな希望を期待して鈴は聞く。

 小春は一度息を吐き、

「とても難しいです。シルバーキャットで活躍できるかも怪しいくらいですからね」

「え? シルバーキャットでも難しいの?」

 シルバーキャットは独立リーグのチーム。独立リーグといえば三軍と言われるほどの実力。

 三軍での活躍が怪しいとなると、それはNPBに戻るというのはかなり難しい。

 一軍が三軍でも活躍しない選手を率いれるだろうか?

「能力でいえば、まだシルバーキャットの選手の方が上です」

「それはフォームを変えたから、まだ真の実力が発揮できない的な……」

 小春はゆるやかに首を横に振る。

「先程も言いましたが歳です。もうこればかりはどうすることも出来ません。抗えないことなんです」

 伸び代はもうない。

 全盛期に戻ることもない。

 あるのはマシになる程度。

 足を引っ張らない程度にさせるだけ。

「NPBは無理か」

 鈴はもう一度、NPBで活躍する佐々木達を見てみたかった。

 でも、それも儚い夢として散るのみなのだろうか。

「佐々木さん達は気付いているのかな?」

「先の話を聞く限り、佐々木は選手としての限界というものを感じているのかもしれませんね。フォーム変えを決意したのも、少しは周りに迷惑をかけないためでしょうか。それとも……」

「それとも?」

「あっ、いえ、すみません。間違えました。たぶんそうでしょう」


  ◯


 小春がジムを出た時、夜の帳が下りていた。

 冷たい冬の風が吹き、小春は首をすぼめる。

 鈴にはあのように言ったものの、小春はどこか違和感めいたものを感じていた。

 世の中、ちょうど良い言い訳があれば、それを利用するのも手である。

 もし失敗してもそれはフォームを変えたと言えばいい。

 佐々木達がそんな思惑があるかは小春は知らない。

 小春が知る限り、佐々木達はなすりつけるようなことはしないと思う。

 正々堂々と。

 自分の限界感じて、引退するだろう。

 けれど、それならなぜ、今しないのか? いや、しなかったのか?

 日本に戻った時点で諦めれば良かったのに。

 わざわざ三軍にまで入って、さらにフォームを変えてまで……。

 もし彼らが最後まで己を貫き、限界を感じたなら……。

 そしてなぜ鈴達が佐々木達の担当トレーナーになったのか。

 なぜ……。

(やめよう)

 小春は考えるのをやめた。

 答えがない以上、考えても無駄だ。

 小春は歩き始める。

 暗い夜道、街灯が道を照らす。

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