第9話:「この世界の日常」







その日の夜から次の日の朝にかけて、ニュースの最初の項目は、ある一つの話題で持ちきりだった。


魔族と魔法少女の戦闘に突然割り入ってきた通行人が、魔法少女と魔族の両方を攻撃し、あっという間に両者とも打ち倒してしまったというのだ。


....無論、俺のことだ。




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俺はあの後、公衆電話で救急車を呼ぶと、視覚妨害の結界を張って姿を隠しつつ、【聖属性魔法アーラ】で彼女の傷を治療し、何とか外傷は完治させておいた。

すると、そこにやってきたのは警察でも救急隊員でもなく、馬鹿でかいカメラや長大な棒を持った人間たち、おそらくは『テレビクルー』と呼ばれる者たちだったので、姿を隠したまますぐさま家に帰った。

そして、怒られることを承知で多嘉子にそれを伝えると、彼女は腹を抱えて大声で笑い始めたのだ。


「あっ、ははっ、っくくく、あっっははははは!!」


「何がおかしいんだ!!」


「い、いや、すまない。っくくく。ま、魔法少女に容赦ないねぇ...。」


「あ、いや、その...、魔族を狩っていると聞いて、差別主義者の過激派かと思って...。」


「ぶっ!!あっはっはっ!!君の世界じゃ、魔族は少数民族みたいなものなのか!?」


「あ、ああ...。もっとも、待遇はまだあまり良くなかったから、どちらかと言うとこの世界における絶滅危惧種の動物みたいな扱いだったけどな。」


「それで、魔法少女の戦いをジェノサイドの現場と間違えて、勢いそのまま魔法少女を倒してしまった、と。」


「あ、ああ...。」


「どれ、テレビでもつけてみようか。どうせニュース速報になってるだろうから。君の活躍、十分に拝むとしようか。」


「や、やめろっ!!!!」




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そして結果は、多嘉子が言ったことがそのまま合っていた。


お昼のニュースの速報、夜と朝のニュースの最初の話題、次の日の昼のワイドショー。全てに俺の戦闘の映像が流れていて、ちょっとした、どころではないレベルの有名人になってしまった。


戦闘と言っても、俺は風属性魔法スタームを連発していただけで微動だにしておらず、どこからどう見ても魔法少女が一方的にやられているように見えた。


...ただ一つ分かったことは、とんでもないことになってしまった、ということだった。


だが、唯一救いがあったとすれば、それは魔法少女を倒すという俺の暴挙がということであった。


俺は、いつまでもクスクス笑っている多嘉子に恐る恐る尋ねた。


「...それにしても、多嘉子、貴方は怒らないのか?」


「怒るって、何がさ?」


「だから、魔法少女を傷つけたことに対してだ。俺も、ほとぼりが冷めたら謝りには行こうと思っているのだが...」


すると彼女は、すすっていた茶を吹き出して軽くせ、ククッと笑いつつ言った。


「すまない、その辺のことを教えるのをすっかり忘れてたな...。いいだろう、ついて来な。」


そう言って家を出た多嘉子に従って近くの町まで歩いていくと、たどり着いた商店街の入り口で、悲鳴が上がるのが聞こえた。


「お、やってるねえ。」


と言って、嬉しげな顔でそちらに向かう多嘉子。程なくして、悲鳴のした方向から大勢の人間がなだれをうって逃げてきたが、それを軽く掻き分けるようにして、事が起こっているであろう方向に向かって歩いていく。







そして、大通りの角を曲がって目にした光景に、俺は絶句した。


「シャハハハハ、エサがいっぱいだァ!!旨そうな奴からいただくぜェ!!!」


そう叫びながら、俺の視線の先で仰々しいスピアを振り回すのは、成人男性くらいの身長はあろうかという巨大なハチ。だが、その手足は人間のそれであり、余った中足はカニの脚に似ている。


そして何より不可解なのが、とてもヒトのそれとは思えない形状の口から発せられる、流暢な人語であった。

口の構造の問題で人語が発せられなくても人間とコミュニケーションできる【思念伝達】スキルを有する魔生物や精霊もいるらしいが、それにしては流暢すぎるし、内容も低俗だ。


唖然とする俺に、黙ってその怪物の方を見るように言う多嘉子。

すると、数十秒ほどお化け蜂の脅し文句と通行人の悲鳴が続いたところで、


「「そこまでだ!!!」」


という、男の野太い声が重なって聞こえた。

声のした方を見やると、少し離れた道路の上に、青い学ランをまとった男と白い学ランをまとった男が、二人並んで腕組み仁王立ちといった格好であった。


それを見たお化け蜂は彼らに向き直ると、


「出たな、ヒーローどもめ!!」


と、負け確定のチンピラが吐きそうな台詞とともに、手にした槍を構えて背中の羽を開いた。


それに応えるかのように、二人の男は敵を視認しつつ向かい合って謎のポーズをとる。

....そういえば、多嘉子に連れて行ってもらった寺院の入口の門に、あんな感じで向かい合った巨人の木造があったような気が....。


そんなことを考えていると、何の前触れもなしに、彼らはお互いに突っ込んでいった。

白い方の男の激しい蹴りが、お化け蜂の槍と交錯して派手な金属音を打ち鳴らす。すると、その時に生まれた死角から、青い方の男が凄まじい速さで間合いの内側に入り込み、流れるように拳を打ち出す。


初手の連携攻撃をモロに食らったお化け蜂であったが、さほど傷は負っていないようだった。見ると、全身が鈍く光を反射している。節足動物特有の、クチクラという天然の鎧だ。


「シャハハ、テメエらの攻撃なんざ、このキチンの前には無力なんだよ!!」


「ほう、では俺らも本気でいくとしよう。ヒーローをナメるな、ヴィラン!!」


すると二人の男は、めいめいにメリケンサックやら鉄パイプやらを取り出し、二人同時に殴りかかった。

すると、お化け蜂も負けじとアウラで外強化を施し、素早く槍を数回突き出して牽制すると、尻から彼ら目掛けて針を発射した。




その後も一進一退の攻防が続いたのだが、人数の差もあってか徐々にお化け蜂が劣勢になっていき、ついに槍を叩き折られ、そのままの勢いで殴り飛ばされた。

地面に叩きつけられて、数回うめいたお化け蜂は、よろよろと起き上がってパッと羽を開いた。


「クソっ、これで勝ったと思うなよ、ヒーローどもめ!!!」


と言う台詞と共に、巨大な羽を羽ばたかせて猛スピードで飛び去って行ってしまった。


そして、青と白の学ランの二人は、安堵の表情で駆け寄ってきた民衆の歓喜の声に囲まれた。


.....一体、これは....?

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