国王フランシスのたくらみ 1

「陛下、まったく、何を考えているんですか」


 城の国王の執務室で、はあ、と大仰なため息を吐くのは国王フランシスの側近アルヴィン・オーズリーである。


 長めの金髪に青い瞳の線の細い青年で、オーズリー伯爵令息である彼は、伯父が先王時代から宰相職に就いていることもあり、子供のころから頻繁に城に出入りをして、フランシスの遊び相手を務めていた過去もある。そのせいか、側近でありながら、態度は気安い。


「見てくださいよ、この苦情の山! こうなることはわかっていたでしょう⁉」


 執務机の端っこに積まれているのは、先週、城の裏の王宮に入れた妃候補たちからの手紙だ。別名、苦情ともいう。妃候補は国王の許可なくして城内に入ることはできないけれど、こうして国王に手紙を書く許可は与えられていた。その手紙は、毎日のように届けられ、一週間たった今ではこんもりと山になっている。


 フランシスは読む気も起きなくて投げているが、手紙の中に毒物でも仕込まれていたら大変なので、すべてアルヴィンがチェックを入れている。ゆえに中に書かれている手紙の内容も知っているのだが、どうやら彼に言わせれば、この手紙類にはフランシスに媚を売りつつ遠回しな苦情が書かれているらしかった。


「妃候補自らに、裁縫し掃除し洗濯し料理をさせようなんて、前代未聞ですって、あれほど言ったじゃないですか!」


 これらの苦情は、フランシスの一存で決定した、妃候補たちの王宮での過ごし方にある。妃たちにつけられている侍女はそれぞれ二人ずつ。ほかに使用人は一切入れず、自らドレスを作り、掃除をし、洗濯をし、料理までして一年間をすごせと命じたフランシスは、ニヤリと笑った。


「あれほど妃候補を入れるのは嫌だと言ったのに、お前の伯父の宰相が無理やり押し通したんだ、このくらいの意趣返しは許されるだろう」


「仕返しする先が伯父上ではなくどうして妃に向かうんですか! ああ、説明しなくて結構です。どうせ、到底耐えられそうもない命令を出せば、嫌になって妃候補自ら逃げ帰ると踏んだんでしょう⁉」


 アルヴィンの推測はおおよそあたりだった。つけ加えるならば、好き勝手に贅沢をされて国庫を圧迫されたくなかったというそれらしい理由もある。


 妃候補たちの生活費はすべて国庫――すなわち税金からまかなわれるのが決まりだ。妃候補たちの実家からの差し入れは、危険物を持ち込まれたくないので全面的に禁止している。それは五代前の国王の時代に、王宮内の熾烈な妃争いの末に、毒物を持ち込んでライバルを毒殺した妃候補がいたからだ。


 以来、妃候補たちへの実家からの差し入れは禁止され、彼女たちの生活のすべては国の支給物だけでまかなうという決まりができた。


 彼女たちにつける侍女も国が人選し、教育し、妃候補たちの身の回りの世話をする傍ら、彼女たちの行動を監視し、問題行動があればすぐにでも報告するように徹底させている。


 アルヴィンは妃候補たちからの手紙の一通を手に取って、はーっと息を吐いた。


「女性が嫌いなのは知っていますけどね。だからって、お世継ぎ問題もあるんですから、妃を一人も娶らないわけにはいかないでしょう。全員逃げ帰ったらどうするんですか。見てくださいよ、この手紙。『陛下はわたくしのことがお嫌いなのでしょうか? わたくしはただ、陛下のお心をお慰めするために参りましたのに、あんまりな仕打ちでございます』ですって。ええっと、ベリンダ・サマーニ侯爵令嬢からですね」


「燃やして捨てろ」


「……あのねえ、これを読んで心が痛まないんですか?」


「どこを読んでそう思える? 自分はか弱いのだとアピールして媚を売っているだけの手紙じゃないか」


「どうしてそう穿った方向で見ますかね」


 やれやれとアルヴィンは嘆息して、手紙をもとの紙山の上に置く。


「一応仕事何でつけてますけどね。はい、手紙をくださった妃候補たちの一覧です。左に名前、右に何通手紙が贈られてきたか書いていますんで」


 フランシスは一覧表を受け取って、その多さに辟易した。


「紙の無駄遣いだな。手紙用の紙の支給も月に五枚に制限しろ」


「またそんな無茶を……」


「生産性のない媚びと苦情たけの手紙に紙を使わせるなど、金の無駄だ」


「わかりましたよ。女官長に紙の支給について連絡しておきます」


「そうしてくれ。それにしても、妃候補たちは暇なのか。まったく、全員が全員、毎日のように――ん?」


 いったいどれだけ手紙用の高級紙をくだらないことに使うんだと一人一人使った紙の数を確認していたフランシスは、ふとあることに気が付いて手を止めた。


「おい。妃候補は十三人じゃなかったか?」


「そうですよ」


「一人、さっそく逃げ帰ったのか? 報告は受けていないが」


「いえ、十三人、全員いらっしゃいますよ。……ああ、そういうことですか」


 アルヴィンは合点がいったと頷いて、フランシスに渡した報告書を覗き込んだ。


「一人だけ、手紙が一通も来なかったお妃様がいらっしゃるんですよ。確か……セアラ・ケイフォード伯爵令嬢ですね」


 セアラ・ケイフォードと訊いて、フランシスはすぐに東の小領地を治めている伯爵の顔を思い出した。


 王宮に入れる妃候補たちの出自はすべて宰相から報告を受けている。親、親族ともに厄介な思想を持っていないか、政に口出ししてこないかなどなど、宰相が「問題なし」とした家柄の令嬢ばかりだ。娘の顔は知らないが、ケイフォード伯爵は何とも神経質そうな男だった気がする。


「苦情を言ってこないとは珍しい令嬢だな」


「苦情を言われる自覚はあったんですね」


 茶々を入れるアルヴィンを睨みつければ、彼はコホンと咳ばらいを一つして、誤魔化すように続けた。


「セアラ・ケイフォード伯爵令嬢についてはほかにも面白い情報がありますよ。毎朝礼拝堂の掃除をしているらしいんです」


「礼拝堂の掃除?」


「ええ。女官長からの報告なので確かですよ。なんでも、王宮に来たその日に礼拝堂を掃除したいと言い出したのだそうです」


 フランシスはふんっと鼻を鳴らした。


「なるほど。媚びをするにしては手が込んでいる」


「だからどうしてそう穿った――」


「では逆に訊くが、妃候補がわざわざ礼拝堂の掃除をする理由がどこにある。自分たちの住まいの掃除は自分たちでするように命じたが、礼拝堂はその対象には入れていない。放っておいても勝手に掃除係が掃除するだろう」


「まあ、そうですけどね」


「目立った行動を取れば俺に報告が来ると踏んだに違いない。打算的な女だ。これだから女は好きになれないんだ」


 フランシスは緑色の瞳をすがめて立ち上がる。執務室の窓からは、裏手にある王宮の屋根が見える。セアラ・ケイフォードは王宮の一番左端の建物。ここから一番遠いところにあるあの建物に住んでいるのは、どれだけ狡猾な女なのだろう。


 フランシスの女嫌いも、その理由も知っているアルヴィンは、やれやれと肩をすくめた。


「そんなことを言って、曲がりなりにも二週間後のお茶会のときに、お妃様の前でその不機嫌顔をさらすのはやめてくださいね」


 するとフランシスは心底嫌そうに眉を寄せる。


「……茶会か」


 二週間後。王太后――つまり、フランシスの母が主催する茶会が城の庭で開かれる。


 フランシスにはまったくもって面白くないことだが、王太后の茶会は国王と妃候補たちの顔合わせ目的で開かれるので、どうやっても避けようがない。


 王太后と宰相は二人そろってどうにかしてフランシスに妃を娶らせようと画策して言うので、例え適当な理由をつけて欠席したとしても、次やその次を計画してくるのは目に見えている。


 ならばさっさとその面倒な行事を終わらせて、あとは十三人の妃候補たちが全員音を上げて帰るのを今か今かと待ち続ければそれでいい。


(それにしても、どんな顔をして俺に妃などを娶らせようとするんだ、あの女は)


 あの女――それは、フランシスの母である王太后に他ならない。


 フランシスの女嫌い。その原因を作ったのは、何を隠そう王太后なのに、それなのにどうしてフランシスに妃をあてがおうとするのだろう。


 フランシスはシャッと窓にカーテンを引き、ぐしゃりと艶やかな黒髪をかき上げる。


(女なんて――信用できない)

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